[M&A戦略と法務]

2017年7月号 273号

(2017/06/15)

アウトバウンドM&Aにおける初期的検討事項

~PMIを見据えた買収検討と法律事務所との効率的な協働~

 後藤 一光(TMI総合法律事務所 パートナー弁護士)
  • A,B,EXコース

第1. はじめに

  日本企業による海外企業の買収(いわゆるアウトバウンドM&A)は、近年増加の一途を辿っている(注1)。近年は、これまでアウトバウンドM&Aの当事者となることが少なかった内需型産業や中小規模の企業が当事者となるケースも増加している。

  残念ながら、アウトバウンドM&Aの中には、言語や文化、法制度等の違いから、買収プロセスや買収後の経営が必ずしもうまくいかないケースが珍しくないように見受けられる。しかしこれらの事態は、案件の初期段階での検討を適切に行うことにより避けられる場合が多い。

  そこで本稿では、事業会社がアウトバウンドM&Aを実行する際に初期段階から検討すべきポイントを、特に法律事務所との効果的な協働体制と買収後の統合(PMI)の観点から整理することを試みたい。

第2. 効果的な法律事務所の起用法

1. 起用のタイミング


  アウトバウンドM&Aの場合、できるだけ案件の検討を始める段階から法律事務所を関与させることが望ましい。日本国内のM&Aであれば、スキームもある程度固まり、デューディリジェンス(DD)を開始する段階から法律事務所を起用する場合も散見されるが、アウトバウンドM&Aではそのようなアレンジは避けた方が良い。アウトバウンドM&Aにおいては、国内のM&Aでは通常考慮する必要がない事項も検討する必要があり、検討が遅れると、後からスケジュールや買収スキームを大幅に変更する必要に迫られ、結果的により時間とコストがかかってしまうことがある。

2. 初期段階で検討すべき事項

  案件の初期段階では、特に(1)案件の実現可能性、(2)スケジューリング及び(3)買収スキームについて、リーガルの観点からのアドバイスが必須となるケースが多く、また、(4)その他の国や案件ごとの特殊事情への配慮も必要となる。

(1) 案件の実現可能性

  魅力的な買収候補先が見つかったとしても、その案件が思い描いたとおりに実現可能とは限らない。

  障害となる例の最たるものが外資規制である。業種によって、そもそも外国資本が株主となることが全面的に禁止される場合、出資割合が制限されている場合、投資金額が制限されている場合、逆に一定金額以上の資本投下が義務付けられる場合等、様々なパターンがある(注2)。

  また、見落としがちなものとして、土地の所有制限がある。特に新興国では、株式の取得制限とは別に、外資による土地の所有が制限されている場合が多い(注3)。買収対象会社の株式の取得が問題ない場合であっても、買収の結果、当該買収対象会社による土地所有が禁止又は制限される場合もあるので、留意が必要である。この場合、事前に土地を処分する、適切な使用権に切り替える等の対応が必要となるため、可能な限り検討段階で把握しておく必要がある。土地の所有制限は地方政府・自治体レベルでの制限が課されている場合もあり、自社で調査することは困難である場合が多いと思われる。

  さらに、資金決済・外国為替管理に関する法令によって、海外との資金決済が制限されている場合もあるため、この点についても注意を要する。このような制限がある場合、買収後に親会社に対する配当が制約される可能性があるほか、株式取得の対価や支払方法等にも影響が生じる場合がある。例えば、インドでは、非居住者がインド企業の株式を取得する場合、売買価格を会計士が算定した公正価格以上の金額とすることが義務付けられており、逆に非居住者がインド居住者に株式を売却する場合には公正価格以下とする必要がある。このため、対価自体に影響が生じる上、会計士のバリュエーションを経るための時間と費用も余計にかかることになる。さらに、インドでは、非居住者に対する株式譲渡の対価の分割払いが一定の割合を超える場合や、義務違反に基づく補償請求が一定の割合を超える場合、当局の事前承認が必要とされているため、株式譲渡契約の作成においても注意が必要である。

  このほか、米国のいわゆるエクソン・フロリオ修正条項に基づくCFIUS(対米外国投資委員会)の審査のように、国家や国土の安全保障を確保するための特別な規制の対象となる業種もあり、この点も留意する必要がある。

(2) スケジューリング

  スケジュールに影響を与える大きな要因として、(ア)各国の競争法に基づく企業結合審査と、(イ)株式の取得等に際して必要となる当局への届出等の手続がある。

  (ア)各国の競争法に基づく企業結合審査は、買収対象会社の所在国のほか、事業を展開しているその他の国でも届出を行う必要が生じ得る。届出の要否や必要となる国又は地域は、買収対象会社から詳細な売上高等の数字の開示を受けなければ確定できない場合が多いが、スケジュールを検討するに際して、ある程度の当たりを付けておくことは必要である。また、そもそも承認が下りない可能性があるというレベルで問題となる国がないかも初期段階から検討しておく必要がある。

  特にインドや東南アジア等では、(イ)の当局への届出についても意識しておく必要がある。株式の取得に際して当局への届出や投資許可の取得又は変更等が必須となる国があり、その手続には意外と時間がかかることも多い。全く同じような内容の届出であっても、当局の担当者によって、指示される内容が全く異なる場合もある。

(3) 買収スキーム

  買収スキームについても、買収対象会社の設立地国の法制度に応じて適切な方法を選択する必要がある。

  外資規制により単独で100%株主となることができない場合には、共同で事業を運営する現地の合弁パートナーと組む必要がある(注4)。

  外資規制が厳しい、又は完全に禁止されている業種については、単純な名義貸しに近いようなスキームや、中国におけるいわゆるVIEスキーム(注5)のように、事実上この規制を回避するためのスキームが広く用いられている場合もあるが、これらのスキームを採用する場合のリスクと対策については、案件の初期段階からよく理解し、検討を行う必要がある。新興国においては規制が突然変更され、それまで行われていたスキームが利用できなくなる可能性も否定できないため、最新の法令事情について、案件の都度確認する必要がある。

  このほか、日本では当然に用いられている手法が存在しない国や、日本にはない制度が一般的に利用されている国もあるため、注意を要する。

  例えば、英国と英国法の影響を受けた法制度を有する国々の一部では・・・

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