[書評]

2015年7月号 249号

(2015/06/15)

今月の一冊 『東京劣化』

 松谷 明彦 著 PHP研究所/780円(本体)

今月の一冊 『東京劣化』松谷 明彦 著 PHP研究所/780円(本体)   急激な人口減少と高齢化の影響が地方で顕在化し「地方創生」が大きな政策課題となっているが、地方よりも大都市、特に東京において人口減少高齢化が多くの解決困難な課題をもたらすと著者は警鐘を鳴らす。そして、東京の劣化が顕在化し始める2025年頃までの運命の分かれ道にいる間に、「やってはいけないこと」と「今できること」を提言する。

  東京劣化の大きな原因は急速な高齢化だ。2025年頃には、少子化で地方からの若者の流入が減る一方で、今までに流入した若者が歳を取り高齢者が急増するからだ。納税者数が減る中で、財政サービスや公共インフラのコストが急激に膨張し、未曾有の財政難に陥らざるを得ないとする。ちなみに、2040年の東京の高齢者は、411.8万人(2010年比143.8万人増)、首都圏3県を加えると1119.5万人(同387.6万人増)に達するという(国立社会保障・人口問題研究所推計)。

  他方、地方は、すでに高齢化が進んでおり、今後自然減による人口減が急激に起きるとしても、高齢者に対する財政需要も同時に縮小するので、悲観的な事態にはならないという。

  東京の急激な高齢化と財政難はいかなる劣化をもたらすか。

  1つは、東京のスラム化だ。GDP縮小による貯蓄率の大幅低下から、公共・民間のインフラを維持・更新するのが困難になる一方、人口があまり減らないので、インフラの整理縮小ができないからだ。そうした中で、2020年のオリンピックに向けた建設ラッシュを著者は懸念する。「お金があるときに建てた豪邸を、貧乏になってからは維持できない」とし、1970年代のニューヨークのスラム化を引き合いに出して、富裕層と若者の東京脱出にまで言及する。

  さらに、「高齢者難民」の出現を懸念する。近い将来、大幅な年金の給付水準の引き下げの可能性が高く、持ち家のない高齢者の家賃支払いに支障が出る可能性が高いとする。

  そして、生活環境は悪化し、文化や情報の発進力も低下し、世界の中流都市への劣化の可能性を指摘する。

  政策として何をやってはいけないか。

  まず、少子化対策については、少子化は戦後の産児制限に起因しており、その流れは変えられない。東京の未婚率、晩婚率は高く、出産可能性の高い年齢の女性が激減する中では、子育て支援の財政支出の効果はほとんどないとする。

  経済成長については、人口が減るわけなので、1人当たりの生産性を上げるしかないが、生産性の低い、大量生産の後進国型経済を続ける限り、高齢者や女性の就労を促進しても、生産性はむしろ下がってしまう。

  増税による財政再建も、やってはいけない政策という。人口減少社会では、生産性の向上を織り込んでも、一人当たりGDPはおおむね横ばいなので、税収は基本的に増えない。したがって、財政再建の手段は、財政支出縮小でなければならず、政府は180度の発想の転換を必要とする。

  今できること、やるべきことは何か。

  まず、財政赤字への対応だが、人口減少高齢化社会では、一人当たり財政収入と一人当たり財政支出を均衡させることが、赤字を増やさない要件だ。そのためにどうするか。著者は「小さな政府」ではなく「小さな財政」を推奨する。行政サービスの水準を落とすことなく、行政コストを最大限圧縮しようとする考え方だ。行政機構や予算執行に関係する政府機関、関係法人、関係団体経由の財政資金の流れを、別ルートを作ることで一気に変えてしまい、経由先での目減りを徹底的に圧縮することを提唱する。官庁の調達価格が割高な「官庁価格」となっている点も何としても是正すべきという。

  東京に高齢者難民を作らないためには、高齢者の生活コストを引き下げることが必要で、そのために区役所などの公共施設の上や遊休公共用地に低家賃の公共賃貸住宅を建設することを提案する。欧米先進国では、都市の一等地には必ず大量の公共賃貸住宅があるという。

  「東京劣化」のタイトルが示す通り暗い話が多いが、著者は「もし労働者の数が2割減るのなら、残った労働者が、一人当たり今までより2割高く売れるものを作ればいい」と、東京、すなわち日本の経済の構造改革を強く訴え、そこに希望を見出しているようだ。売上高営業利益率の長期低迷を招いた技術輸入型大量生産モデルから脱却し、生産性の高い欧米先進国型モデルへの転換だ。そのために、東京ができることは、職人技・町工場を消失させず、高付加価値の工業製品を作ることと、外国企業の誘致による真の国際化だとする。

  「日本人を豊かにするのは、日本企業である必要はない。日本という地理的エリアで行われる国際競争が、日本人を豊かにする」、「多くの外国企業が日本に参入し、国際競争を繰り広げれば、企業の利益率も向上し、賃金水準も上がる」として、アメリカでは3分の2が、欧州でも半分ほどが外国企業だが、日本ではほとんど全部が日本企業だと指摘する。「開国」が必要で、「どうすれば欧米大企業、先進企業が競って立地し、東京の経済を激しく浸食するようになるのか、東京の国際化は日本人がそう考えるところから始まる」とする。こうした構造改革は日本人だけでは難しく、市場退出者を生むことも避けられないので、「つらい選択」だが、それしかないと。

  著者は、大蔵省大臣官房審議官等を歴任した後、政策研究大学院大学教授となり、「人口流動の地方再生学」「人口減少時代の大都市経済」を上梓するなど、人口減少研究の第一人者とされる。本書は、「放っておくとこうなってしまうので、まだ時間があるうちに早く方向転換してほしい」という著者の強い危機感に基づく警鐘のための啓蒙書といえる。まだ人口が増えつつある東京が20年後に直面するであろう、今わかっている課題にどう対処するかを考えるきっかけとなる。また、現在の人口減少の原因が戦後の大規模な産児制限であること、それは戦後の飢餓への恐れから実施されたものであるが、その制度がスタートしたまさに1950年の朝鮮特需でその懸念がなくなっていたにもかかわらず、約20年間続いたという政策の誤りによるものだという。人口政策の怖さを思い知らされる。

  最後に、本書は人口減少高齢化問題への様々な処方箋を提示しているが、評者には、東京の真の国際化(対日直接投資)を通じて、日本経済(企業)の構造改革、すなわち生産性の大幅な向上を図るべきという点が、GDPを増やすという意味で、最も根本的な処方箋のように映った。対日直接投資、中でもその重要な手段である対日M&A(いわゆるOUT-IN)促進の書というのは我田引水が過ぎるであろうか。

(編集長 丹羽昇一)

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