[書評]

2016年4月号 258号

(2016/03/15)

今月の一冊 『財務諸表分析』

 桜井 久勝 著/中央経済社/3400円(本体)

今月の一冊 『財務諸表分析』 桜井久勝著/中央経済社/3400円(本体)  財務諸表分析とは、貸借対照表など財務諸表をベースに企業の収益性、安定性、成長性などを分析し、「企業の力」を見極めることだ。証券投資やM&Aの株式価値評価にも活用できる。本書は親会社を頂点とする企業集団を一つの組織体とみなして作成される連結財務諸表を用いて、分析や評価に必要な財務指標や手法を平易に解説してくれる。

  投資や取引などで企業に関する情報を必要とする者にとって財務諸表は企業情報の宝庫である。それで、まず本書は「財務諸表の見方」の概説から始まる。漠然と知っていると思っていたことについて正確な知識が得られる。

  例えば自己資本だ。貸借対照表の純資産の部は、ⅰ株主資本、ⅱその他の包括利益累計額、ⅲ新株予約権、ⅳ非支配株主持分の4項目に区分されている。ⅰはさらに資本金や資本剰余金などに細分化されている。いくら探しても、財務諸表分析によく使われる自己資本の言葉は出てこない。どう考えればよいのか。

  著者はこれら4項目を「誰に帰属するか」の観点からは三つに大別できるという。ⅰとⅱは親会社の既存株主、ⅲは将来の株主、ⅳは子会社の非支配株主に帰属すると考えられる。これらの3種類の株主のうち、企業集団と運命を共にするのは親会社の既存株主である。従って、自己資本は親会社の既存株主に帰属するⅰとⅱの合算として導出できるとする。

  ところで、財務諸表には多くの注記が付加されている。この中には、企業が財務諸表を作成するに当たり採用した会計方針も含まれる。会計処理の対象となる事実が同一でも、会計処理方法が相違すれば、利益額の測定結果も相違する。会計方針の中には相対的に利益捻出的なものと、逆に利益圧縮的なものがある。財務諸表分析に当たっては、企業がどちらを選択しているかを見極める必要があるとして、いくつもの例を紹介している。注記の大切さを改めて認識させてくれる。

  「財務諸表の見方」に続いて、本論の「財務諸表分析の基礎」の説明が展開される。分析の視点は投資者だ。親会社の既存株主の視点ともいえる。

  分析する企業特性は収益性(利益の分析)、生産性(付加価値の分析)、安全性(倒産危険の分析)、不確実性(業績変動幅の分析)、成長性(1株当たり利益の分析)の五つである。何が一番大切か。著者は収益性だという。なぜか。企業は元々営利目的で設立されたものだ。だから、分析に際しても、営利目的の達成度を観察するための尺度として、収益性が最も本質的で重要になるとする。

  この五つの特性を分析するため相応しい財務指標や財務比率があるのだ。収益性の分析では、投下された資本からどれだけ利益が生み出されたかを見るため、利益÷資本の計算を行い、資本の利用効率を測定する。資本概念や利益概念がいくつもあり、様々な資本と利益の組み合わせがあるが、著者は、出資者たる株主(既存株主)の観点からの収益性の尺度としては、株主に帰属する資本部分とそこから生み出される利益を対比することによって測定されるROE(自己資本純利益率。当期純利益÷自己資本))が一番ふさわしいとしている。

  安全性の分析における流動比率、負債比率、自己資本比率、不確実性の分析における損益分岐点比率、財務レバレッジに起因するリスク、成長性の分析における1株当たり利益率などの解説が満載されている。

  あまたの財務指標や財務比率が登場するが、何が一番大切なのか。著者は、最も重要な指標を一つだけ上げるとすれば、ROEをおいて他にないという。著者の実証研究でも、ROEの動向と株価動向の間には明白な対応関係があることなどが裏付けられている。ROEは株価変化の方向を判断するうえで、有用な業績尺度なのだ。

  本書は、以上の論述が抽象的にならないよう実在する企業の財務諸表を使いながら解説している。特徴が際立つよう、対照的な2社の企業を取り上げ、比較している。こうした工夫も本書を読みやすくしている。

  著者は神戸大学教授。初版は1996年に刊行され、2015年に刊行された6版では、国際会計基準(IFRS)の採用企業が日本でも増えていることから、米国基準も含め国外基準に基づく連結財務諸表の見方も解説されるようになった。著者は、多くの人々が財務諸表の活用法を身につけることにより、経済社会の発展に役立つことを願うとしているが、実際に本書を読み終えると、応用してみようという気持ちに誘ってくれる。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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