[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2017年4月号 270号

(2017/03/15)

第24回 『コモンウェルス・ゲームズ』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は会議時間では終わり切らず、狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越された。



ブランド価値の毀損

  全てではないにせよ、現在のみすぼらしい店舗や立地がレッディ社のブランドイメージを悪くしているのではないか。さらに言えば、レッディ社の親会社である三芝電器産業のブランド価値さえも毀損し始めているのではないか。南部視察からほぼ1カ月ぶりに本社に戻った小里の真剣な問いかけに、狩井宅に集まっていた一同は静まり返った。
  経営管理担当の井上が最初に口を開いた。
「小里さん、南部ではそんなことが起こっているのですか。しかも客から気付かされるというのはショックなことです。私は南部でそれほど多くの店舗を見て回ったわけではないのですが、インドではそんなものだとしか考えていませんでした。南部はもともと古い代理店が多く、そこから移管した店舗が一部残って……」
「南部だけというわけではないぞ。『こんな店では買いたくない』と客から言われた店は、チェンナイでは割と一般的な立地条件と建物だし、デリーでもムンバイでも同じような店舗は少なくない。インド全国各地で、みすぼらしい店舗が多く存在していると認識すべきだ」
  小里が口をはさんだが、井上は続けた。
「確かにそうかもしれません。少なくとも競合と比較して店舗が立派という声は聞いたことはないのは事実です。しかし小里さんも理解されているように、目下の優先課題は生産体制の増強と、市中在庫問題の解決です。しかも代理店から直営店舗に切り替えつつある中で、すでに莫大な改装費と販促費がかかっています。そんな中で大規模な店舗移転や新規建設は予算が持ちません。優先順位として、来年か再来年あたりから徐々に取り組むのが現実的ではないでしょうか」

経営課題の優先順位

  合宿所での和やかな食事の語らいではあるが、それぞれの職責にかかわる重要事項であれば、いつも誰もが真剣に議論する。レッディ社に赴任した狩井以下全員が、普段から自然と行っていることだ。
  井上はちょうど来期事業計画の取りまとめ中であり、様々な設備投資や費用計画について毎日遅くまで時間を費やしていた。製造・物流・販売・マーケティングなどへの直接的な投資だけはなく、人材育成投資やERP導入等の経営管理基盤構築など、現在のレッディ社にはやるべきことが数多存在する。どれも目をつぶれないものばかりではあるが、何とか優先順位をつけて金の割り振りを決めるしかない。
  各部門からは当然多くの文句も言われる。しかも三芝電器本社からも「まだそんなに金がかかるのか。そろそろ利益率向上という形で、回収してほしいものだ」と嫌味も言われる。しかし井上はそんなものだと割り切って、粛々と毎日遅くまで仕事に勤しんでいた。入社以来、経理畑として「経営の羅針盤たれ、社長を一番に支える番頭たれ」と教育されてきた井上にとって、この予算折衝は辛くともやりがいのある仕事であったからだ。
 小里が片目をつぶって・・・

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