[【企業価値評価】決算書の見方(早稲田大学大学院 西山茂教授)]

(2012/06/27)

【第1回】貸借対照表:事業の構造と財務的な安全性を見る(前編)

西山 茂(早稲田大学大学院(ビジネススクール)教授 公認会計士)

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今回は財務諸表の1つめとして貸借対照表を取り上げ、その基本構造を確認した上で、事業構造と財務的な安全性を見るポイントについて解説していきます。

(1)基本構造

 貸借対照表(BS:Balance Sheet)は、決算日時点の企業の状況を数字で表す写真のようなものです。英語でもよくスナップショットと呼ばれています。左側(資産)にはその時点で企業が持っているものが記載されており、右側(負債と純資産)には資産を持つための資金をどのように集めているのかが記載されています。左側と右側の合計金額とは当然一致するということでバランスシート、また貸(右側)と借(左側)の対照表と呼ばれています。

 左側の資産は、通常決算日から1年以内にキャッシュや費用などに変化する流動資産と、1年を超えて変化する固定資産とに分かれています。流動資産には現金預金、すぐキャッシュになる有価証券、顧客への販売代金の未回収分である売掛金、これから販売する商品や製品などのたな卸資産などが含まれます。固定資産は3つに分かれています。最初の有形固定資産には建物や機械、土地といった形があり長く保有するものが含まれます。次の無形固定資産にはのれん、つまり買収の時に営業力や技術力といった無形の価値を評価して追加で払った金額や、ブランドを買った場合にでてくる商標権、さらに外部に依頼して作成したソフトウエアといった無形で価値のあるものが含まれています。最後の投資その他の資産には1年以上保有する予定の社債や株式などを意味する投資有価証券、オフィスや店舗を借りる場合に支払う差入保証金などが含まれます。

 右側の負債は株主以外から預かっている資金のことであり、通常決算日から1年以内に支払うものかどうかで流動負債と固定負債に分かれます。このうち流動負債には原材料や商品の購入代金の未払いである買掛金、1年以内に返済する短期借入金、経費の未払いを意味する未払費用などが含まれています。固定負債には、決算日から1年以上先に返済する社債や長期借入金などが含まれます。

 右下の純資産は、株主から預かっている資金のことです。以前は資本と呼ばれていましたが数年前から正式な名前が純資産に変わりました。具体的には、株主が実際に出資した金額がベースとなる資本金や資本剰余金、過去からの儲けを積み上げてきた金額である利益剰余金などが含まれています。なお、純資産の中にある利益剰余金の大きさから、過去の業績の歴史が見える可能性があります。利益剰余金は、企業が最終的な利益である当期純利益をあげると増加し、一方で配当など株主への利益還元を行うと減少します。ただ、比較的多くの日本企業は少し前まで業績にあまり関係なく安定配当をしてきた傾向があるので、業績の良かった企業は利益剰余金がより多くなり、逆に業績があまり良くなかった企業はそれなりの水準となっている例が多くなっています。つまり、利益剰余金の大きさに、企業の過去からの業績の良さが表われていると考えられるのです。

(2)事業の構造を見る

 バランスシートの左側にある資産の内訳を見ていくと、企業の事業の構造、つまりどのような経営資源をもとに、どのような仕組みで事業をやっているのかが見えてきます。

 一般に製造業・小売業など多くの業界では ①流動資産(通常1年以内にカネなどに変化する資産)②有形固定資産(建物・機械・土地など)③無形固定資産と投資その他の資産合計の3つが、それぞれ約3分の1ずつの大きさになっている場合が多くなっています。ということは、逆にこの3つの大きさの関係から、事業の構造の一部が見えてくるのです。
 流動資産が大きい場合は、まず現金預金や有価証券といったいわゆるキャッシュを多額に持っているケースが考えられます。一方で、販売代金の未回収分である売掛金や商品や製品といったたな卸資産が大きい場合は、日々の事業活動の中で資産が大きくなっていることを意味します。一般に代金回収に時間がかかり多くの在庫を保有する食品問屋などでは、売掛金とたな卸資産を中心に流動資産が資産全体の約70%を占めることもあります。一方で、現金商売が中心で在庫がないバス事業や鉄道事業などではこの部分は小さくなります。

 次の有形固定資産が大きくなるのは設備投資型の事業です。不動産賃貸が中核となっている不動産業界の企業の中には有形固定資産が資産合計の約70%を占める例もあります。逆にほとんどグループ内では製造せず、ほぼ外注で製品を製造している工場を持たないファブレス企業では、有形固定資産が資産合計の5%程度しかない例もあります。

 最後に、無形固定資産、中でも「のれん」が大きい場合は買収の痕跡を意味します。のれんはM&Aを行った時にだけ出てくるものであり、買収金額と被買収企業のバランスシートをもとにした価値との差額、つまり営業力や技術開発力といったバランスシートに表われない無形の価値を評価した金額です。これが大きいと、無形の価値を評価したM&Aを行って成長してきたことを意味しています。また、ブランドなどを購入した場合は商標権が大きくなります。さらに、投資その他の資産の中に含まれる1年以上保有する予定の投資有価証券が大きい場合は、資金が余っているため1年以上保有するような社債を持っているのか、いろいろな企業と連携を取るために50%を下回る出資をしていることなどが考えられます。このように、無形固定資産や投資その他の資産が大きい場合は、M&Aのような活動を活発に行っている可能性が高いと考えられますが、最近は国内事業の再編や海外進出のためにM&Aが数多く行われており、これらの金額が大きくなっている企業が増加しています。

 

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