[【法務】ESGの新潮流とM&A(大江橋法律事務所)]

(2022/09/08)

【第4回】「ビジネスと人権」をめぐる最新動向と取り組むべき実務対応

石田 明子(大江橋法律事務所 弁護士)
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I はじめに~M&Aにおける「ビジネスと人権」

 近時、外国人技能実習生の問題をはじめとするサプライチェーンにおける労働問題や、紛争地域からの責任ある撤退等、「ビジネスと人権」に関するトピックが注目されている。今や、企業による人権課題への取組内容が、企業のレピュテーションや企業価値に大きく影響を与え得る状況になっており、M&Aの文脈においても、他の法務リスクと同様、対象企業に大きな人権リスクが存在しないかといった検討の重要性が増している。

 そのような状況において、今年8月8日、経済産業省は、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」(以下「経産省ガイドライン案」という。)を公表した(注1)。2011年に国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」という。)を全会一致で支持した後、この10年余りの間に、欧米各国を中心に「ビジネスと人権」の考え方が浸透してきたが、今回の経産省ガイドライン案の公表は、日本政府が、およそ「全ての企業」に対して人権尊重責任を課す立場を表明したものとして意義をもつ。ここでいう「全ての企業」とは、文字通り、日本で事業活動を行うおよそ全ての企業であって、「企業の規模、業種、活動状況、所有者、組織構成に関係なく」、個人事業主をも含む非常に広い概念である(経産省ガイドライン案3ページ・5ページ参照)。

 本稿では、経産省ガイドライン案の策定の背景にある「ビジネスと人権」の基本的アプローチ方法及び国内外の最新動向について解説した後、いま現在、日本企業に求められている人権尊重に向けた実務対応について解説する。なお、経産省ガイドライン案については、上記解説に必要な範囲で適宜紹介・参照するに留める。

II 「ビジネスと人権」をめぐる基本的アプローチ ―「指導原則」の策定

 伝統的には、人権擁護は国家の役割であり責務であると認識されてきた。もっとも、日常生活において企業活動が人権に与える影響が大きいことから、国家と同等の人権擁護義務を直接企業に追わせようとする議論がかつて起こったが、経済界からの反発が大きく奏功しなかった。他方で、企業の自主性に委ねるべきであるという議論に対しては、市民団体からその実効性を疑問視する声が多く寄せられた。そこで、国際法でもなく単なる自主的取組みでもない、国家、ビジネス社会、市民社会に共通する基盤を作り、企業活動に伴い生じる人権侵害への対処を目指そうとするのが、「ビジネスと人権」をめぐるアプローチの基本的な発想である(注2)(注3)。

 前記指導原則は、このような議論の集大成として、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」(1998年)や「OECD多国籍企業行動指針」(2011年)等、それまでの企業と人権に関する国際文書を踏まえて策定されており、「ビジネスと人権」分野における最も基本的かつ最重要な国際基準として認識されている(注4)。

 その内容を簡単に紹介すると、指導原則は、人権を保護する国家の義務(第一の柱・指導原則1から10)、人権を尊重する企業の責任(第二の柱・指導原則11から24)及び救済へのアクセス(第三の柱・指導原則25から31)の三本の柱から成る。そして、国家に対して人権を保護する義務を負わせつつ(指導原則1)、企業も人権を尊重する責任負う主体として行動することを求めている(指導原則11)。ここでいう「企業」には、その事業内容や規模にかかわらず、およそすべての企業が含まれる。前述のように経産省ガイドライン案がおよそ「全ての企業」を適用対象としたのも、指導原則を始めとする国際スタンダードに則っているからである(経産省ガイドライン案3ページ参照)。

 そして、企業は、自らの活動を通じて人権に負の影響を引き起こしたり、助長したりすることを回避し、そのような影響が生じた場合にはこれらに対処するとともに、たとえ自身がその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品又はサービスと直接関連する人権への負の影響を予防又は軽減するよう努めることが求められている(指導原則13)。企業は、これらの人権尊重責任を果たすために、その規模及び置かれている状況に適した方針及びプロセスを設けるべきであるとされ、これには、(1)人権方針の策定、(2)人権デュー・ディリジェンスの実施及び(3)人権侵害等からの救済メカニズムの構築が含まれる(指導原則15から22)。 …


大江橋法律事務所

■筆者略歴
石田 明子(いしだ・あきこ)
2012年同志社大学法学部卒業、2013年京都大学法科大学院を司法試験合格により中退。2021年Duke University School of Law LL.M.修了(International Human Rights Clinic参加)。2022年3月~8月Jenner & Block LLP (Los Angeles)勤務。取扱分野は、紛争解決及びビジネスと人権を含む危機管理・コンプライアンス等。日弁連・国際法曹協会共催ESGセミナー等、複数のビジネスと人権関連セミナーでのモデレーター・講師経験を持つ。

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