[書評]

2015年9月号 251号

(2015/08/17)

今月の一冊 『日本のM&A―理論と事例研究』

 服部 暢達 著/日経BP/4200円(本体)

今月の一冊 『日本のM&A―理論と事例研究』服部 暢達著/日経BP社/4200円(本体)  メガバンクの統合が発表された1999年に日本のM&Aは急増し、日本のM&A元年といわれる。それから15年余がたち、今やM&Aは日本企業にとって経営戦略の重要な柱になっている。海外M&Aも活発だ。しかし、日本のM&Aには失敗も多い。経営者がM&Aのことを正しく理解し、実行する力を持つことが不可欠な時代になったとして、著者は本書を執筆した。長年、実務と研究を通じて日本のM&Aを観察してきた第一人者の警世の書である。

  著者は、M&Aは総合格闘技だという。会社法、組織再編税制、企業結合会計などの理解が欠かせないとして、それらの概要を説明している。M&Aが難しいのは当事者間で価格(価値評価)が合意されても、会社法や金商法上、実行方法(ストラクチャリング)が幾つもあることだ。税制などM&A関連諸制度を検討して、最適な方法を編み出す必要がある。その具体例がわかり易く示されている。さらにその方法が決まったとしても、契約書をどう作成するかという問題がある。後で致命的な打撃を与えることも実例で紹介されている。

  著者のM&Aの定義も興味深い。「企業の株主価値増大を目指して実行される会社支配権の移動」というのだ。一言でいえば、会社の売買だが、「株主価値増大を目指して」と敢えて目的を入れている。株主価値を増大させなければ、M&Aを実行する意味がないと言いたいのである。通常、M&Aでは価格に買収プレミアムが上乗せされている。買収後、懸命に経営努力をして価値を1.5倍に高めたとしても、プレミアムが50%なら、やっと買い値と同じにできただけで時間と労力の無駄で終わる。M&Aはプレミアム分だけ「負け」から始まる投資であることを自覚して大変革を起こし、株主価値をプレミアム分以上に上昇させなければならないというのだ。

  著者は、今後の日本のM&Aの成長ドライバーとして敵対(的)買収、三角合併、LBO、クロスボーダーM&Aの4つを挙げる。

  敵対買収は日本の産業構造を変革するのに有効な手段だ。しかし、海外と比較すると、日本はまだ低調だ。その理由は買収防衛策が正しく理解されていないからだという。防衛策の母国である米国では、防衛策は経営者が買収者と買収条件を交渉するための方策(交渉策)として利用されている。ところが、日本では買収排除策と誤解されている。さらに第三者割当増資が防衛策として使われてきた伝統もある。今回の会社法改正で一定の規制が加えられたが、まだ有効な武器として使える。王子製紙が北越製紙に対して行った敵対的TOBで北越がこの方法で防衛に成功したが、今後も可能な状態が続く。防衛策の限度について立法が求められるとしている。

  日本でもMBOが盛んになっているが、MBOの本質が利鞘稼ぎのLBOであることが正しく説明されていないことを指摘している。これまで日本であった代表的な事例を紹介しながら、問題点を詳細に分析し、具体的な企業名を挙げながら警鐘を鳴らす。LBO、MBOが正しく使われれば日本のM&Aがもっと活況になるというのだ。

  本書のハイライトは日本企業が関係するM&Aの失敗と成功の事例研究だ。失敗事例では、松下電器産業のMCA買収、NTTコミュニケーションズのべリオ買収、第一三共のランバクシー買収、パナソニックの三洋電機買収など17件、一方、成功事例では、ブリヂストンのファイアストン買収、日本たばこ産業のRJRインターナショナルとギャラハー買収、NKKと川崎製鉄の統合など11件を取り上げて、それぞれ成功と失敗の原因分析をしている。

  例えば、第一三共のランバクシー買収では、発表から完了までの間に、重大な瑕疵が発覚していた。しかし、買収契約書に売り手の保証・表明・補償条項を盛り込めなかった。史上最大の契約書交渉の失敗であり、そもそも第一三共側にはランバクシーを経営する能力がなかったと手厳しく批判している。

  最近も大型案件が続いているが、現時点では判断がつきかねるとしながらも、サントリーホールディングスのビーム買収、武田薬品工業のナイコメッド買収、ソフトバンクのスプリント買収の問題点などを解説している。

  こうした分析から、最後にM&Aを成功に導く条件を抽出している。M&Aは負けから始まる投資であることを理解すること(高値づかみをしない)、マイノリティ出資でなく経営権を取得すること、自分で経営する能力を持つことなど5つを挙げている。

  著者は1989年から米系大手投資銀行でM&Aアドバイザーをしてきた。その体験から投資銀行を正しく使いこなす方法もアドバイスしている。アドバイザーは顧客と一心同体で、成功を目指すパートナーだが、両者の間には構造的に埋めがたい利益相反がある。

  一番わかりやいのはアドバイザリー業務の報酬の大半が成功報酬になっている点だ。特に買い手のアドバイザーの場合、買い手にできるだけ高く買収させるほど報酬も増大するため両者の利益は逆方向の関係にある。顧客としてはこうした問題があることを心の片隅においてアドバイザーの言動を常に吟味することが必要だし、それに止まらず、成功報酬の業界慣行を時間比例報酬に変えていくよう議論することも忘れてはならないとしている。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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