[【法務】事業承継M&Aの法務(ソシアス総合法律事務所 高橋聖弁護士)]

(2017/11/21)

第1回 株式譲渡契約の構造と論点(1)

 高橋 聖(ソシアス総合法律事務所 パートナー 弁護士)

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はじめに


  近畿経済産業局のまとめによれば、後継者不足による中小企業の廃業が進み、関西だけでも2025年頃までに約118万人の雇用と約4兆円の域内総生産が失われる見込みであるとのことであり、ますますの社会の高齢化が進む中、中小企業の円滑な事業承継が喫緊の課題であることが改めて浮き彫りになりました。

  本連載では、中小企業が長年にわたって築いてきた事業価値を損なうことなく、その技術・ノウハウや雇用を円滑に承継し、日本経済全体の発展に生かしていくための手法として注目される事業承継M&Aに焦点をあて、M&Aに携わる弁護士の立場から、その法務面でのポイントについてできる限り分かりやすく解説します。

  本連載は、全6回の予定ですが、第1回及び第2回は、事業承継M&Aにおいて最も重要となる契約である株式譲渡契約について解説し、第3回はオーナー企業の売却にあたって問題となる法的論点、第4回は事業承継M&Aにおける株式にまつわる論点、第5回では事業承継M&Aの際に実施される法務デューディリジェンス、第6回では中小企業における株主の整理や集約について検討していきたいと思います。

事業承継M&Aの手法

  いわゆるM&Aが行われる場合の手法としては様々なものが存在しますが、主な手法とその概要・特徴を以下の表に整理しています。なお、以下、本連載では、買手となる会社を「買手会社」、売却の対象となる会社を「対象会社」、対象会社の株主を「売手」と表記します。また、以下の表では、各手法について、比較対照の便宜上、典型的な例を念頭に各事項を記載しておりますので、実際には、会社や取引の規模・形態等によって必要となる手続等が異なることがある点はご留意ください。



  事業承継M&Aは、①対象会社がオーナー企業であるため、株主(売手)の数が少なく、相対取引に適していること、②事業承継が目的であるため、売手であるオーナー株主はM&Aの実施によって対象会社の全株式を売り切って対価を取得することを望んでおり、その後に対象会社の株式を保有し続ける意向がないことが多いこと、③対象会社が非上場会社であることが多いこと等の特性を有しています。このような特性から、事業承継M&Aにおいては、手続的に負担が多い合併・株式交換、売手が対象会社の株主として残存したり、対価の支払先が売手とならない第三者割当増資や事業譲渡等ではなく、買手会社が売手から対象会社の株式を直接に買い取る、いわゆる相対での株式譲渡の手法が用いられることが圧倒的に多いのが実情です。

株式譲渡取引の進められ方

  一般的な株式譲渡取引は、以下のチャートに記載するようなステップを踏んで進められることになります。


  まず、売手・買手双方において多額な費用や労力・時間を費やす前に、相互に株式を譲渡する意向や譲渡価格の目安を確認するための基本合意書が締結されます(上記①)。この時点においては、買手が対象会社の実態について詳細には把握していないため、基本合意書は法的な拘束力を持たないこと(すなわち、売手・買手ともに何の負担もなく取引を中止できること)とされるのが一般的です。但し、買手としては、せっかくコストを掛けて次のステップであるデューディリジェンスを実施する以上は、この間に売手が第三者と交渉し、対象会社の株式を売却されてしまうことを防ぐ必要がありますので、基本合意書の中で(又はこれとは別に)、法的拘束力のある独占交渉権について合意されることもあります。

  次に、基本合意書が締結されると、買手による対象会社のデューディリジェンスが実施されます(上記②)。デューディリジェンスでは、買手が、対象会社のビジネス・会計・税務・法務に関する情報・資料の開示を受け、これらを精査することにより、対象会社の実態を把握するとともに、各観点から対象会社に潜在するリスクを分析します。

  デューディリジェンスの結果を踏まえ、売手と買手との間で株式譲渡契約の締結に向けた条件交渉が行われます(上記③)。買手は、デューディリジェンスの結果によって、基本合意書において提示していた譲渡価格を下げるよう要求することもありますし、デューディリジェンスで発見されたリスクを低減するよう売手側で一定の手当をすること、又は譲渡後にリスクが顕在化した場合の責任を負うよう要求することもあります。もちろん、デューディリジェンスの結果次第では、買手が取引を断念することもあり得ます。両者間で条件について合意に至れば、法的な拘束力を持った株式の売買契約である株式譲渡契約が締結されます(上記④)。

  株式譲渡契約が締結されて以降は、株式譲渡の実行(クロージング)に向けて、同契約に基づいて売手・買手がそれぞれ履行することを義務付けられた事項を実施していくことになります。通常は、前述したデューディリジェンスで発見されたリスクを低減するよう、売手側で対象会社について一定の行為を行うことが義務付けられ、買手側でも譲渡代金に充てる資金を準備する必要があるなど、株式譲渡契約の締結とクロージングとの間には一定の間隔を空ける必要があるため、クロージングは株式譲渡契約締結後一定期間が経過した後に実施されることになります。クロージングを行うための前提条件がすべて満たされれば、クロージングが実施され、株式の譲渡と代金の支払が行われます(上記⑤)。

  以上のとおり、株式譲渡は、売買契約の一形態ではあるものの、単純な商品の売買とは異なり、一定期間の売手・買手・対象会社の間での継続的な関わり合いを経て実施される取引であり、上記①から⑤に至るまでに半年から1年程度の期間を要することも稀ではありません。このように、株主譲渡という取引は、売手・買手・対象会社の関係が、売買を行うという一時点のものに止まらず、一定の期間にわたるものであるという点が大きな特徴であり、株式譲渡に纏わる様々な論点を検討する上では、取引の流れとこの特徴を理解することが重要なポイントになろうかと思います。

株式譲渡契約とその構造

  株式譲渡においては、売手と買手との間で、対象会社の株式の売買について合意する株式譲渡契約が締結されることとなります。株式譲渡契約も売買契約の一つですので、本来であれば、売買の対象物とその引渡時期、売買代金の額や支払方法についての合意が規定されれば足りるはずです。しかし、前述のとおり、株式譲渡という取引は、最終的に実行に至るまでに一定の期間を要することが一般であることや、それにもかかわらず、実質的な対象物である「会社」が、日々運営される中でその内容が刻々と変化するものであることなど、単純な売買契約とは異なる側面を有しており、これらを考慮して、株式譲渡契約には一般的な売買契約と比べて様々な特殊な規定が置かれるのが通例です。

  では、株式譲渡契約において、株式の譲渡や譲渡代金等についての基本的な合意以外に、実際にどのような規定が置かれるのか、以下で概観します。

(1)譲渡代金の調整

  前述のとおり、株式譲渡においては、株式譲渡契約を締結する日と実際に株式の譲渡を実行する日との間に、ある程度の期間を置かざるを得ないことが多々あります。一方で、会社の実態は、毎日の事業活動によって日々刻々と変化します。であるとすると、株式譲渡契約を締結した時点とクロージングの時点において、対象会社の価値が変動していることは、むしろ通常であるといえます。また、会社は日々事業を継続して運営しているため、ある一時点(具体的にはクロージング時点)における対象会社の正確な価値が、その後数日かけて収入・支出等を集計してみなければ判明しないということもあり得ます。これらの事情を踏まえて、株式譲渡契約においては、契約上に記載した譲渡代金について、クロージング後に一定のルールに従って増減され、精算されることが規定されることがあります。

(2)譲渡の実行(クロージング)

  株式譲渡の実行(クロージング=株式の引渡しと譲渡代金の決済)が行われる日時・場所と、クロージングにおいて、買手が譲渡代金を支払うべきこと、これと引き換えに売手が株式を譲渡するために行うべき行為(例えば、株券の引渡し等)が規定されます。

(3)クロージングの前提条件

  上記(2)のクロージングが行われる前提として満たされていなければならない条件が列挙されます。例えば、(4)で後述する表明・保証違反がないこと、(5)で後述するクロージングまでに行われるべき義務がすべて履行されていること、対象会社の価値に重大な悪影響を及ぼすような事態が生じていないことなどが規定されることが一般的です。

 

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