[M&A戦略と法務]

2021年7月号 321号

(2021/06/15)

マレーシアにおける株式の名義貸しのリスクと近時の実質的所有者の開示規制の動向

梅田 宏康(TMI総合法律事務所 弁護士)
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 従来、マレーシアにおいては、外資規制の潜脱を目的とする株式の名義貸しが広く行われてきた。2000年代以降の判例の発展により、株式の名義貸しは大きなリスクを伴うことが明らかにされているものの、日本企業のマレーシア子会社を含め株式の名義貸しが引き続き行われているマレーシア企業は少なくない。また、周辺のアセアン諸国と同様、マレーシアにおいても、2020年3月より、会社の実質的所有者(beneficial owner)の開示を求める規制が導入されたため、株式の名義貸しのリスクは更に高まると予想される。

 今後、日本企業によるマレーシア企業の買収時の法務デューデリジェンスにおいて株式の名義貸しが発見された場合、従前以上に慎重な対応が必要になると考えられる。

 本稿では、マレーシアにおける外資規制の潜脱を目的とした株式の名義貸しのリスクと近時の実質的所有者の開示規制の動向について紹介する。


2. マレーシアにおける株式の名義貸しのリスク

(1) 名義貸しを行う理由・方法・利用実態

 株式の名義貸しは、通常、外資による出資比率に制限が課されている場合に行われる。マレーシアでは、製造業については外資の出資比率規制は過去に撤廃されているため、製造業の会社の株式につき名義貸しが行われるケースは少ない。他方、サービス業やその他の業種については、規制は段階的に緩和されているものの、依然として外資の出資比率が制限されている業種は多い。現時点でも外資の出資比率に制限が課されている業種としては、倉庫業、運送業、通関業、旅行代理店業、ホテル業、広告業、建設業、卸売・小売業を含む流通取引業などがある。

 マレーシアでの株式の名義貸しでは、信託(trust)が利用されることが多い。典型的な方法は、外国人を委託者兼受益者とし、マレーシア人を受託者とする信託を設定し、マレーシア人が、外国人から信託財産となる株式を譲り受け、株式の名義人(ノミニー)になるというものである。この場合、信託の内容として、ノミニーであるマレーシア人は、株式の議決権を受益者である外国人の指図に従って行使することや、株式の譲渡その他の処分は外国人の指示に従うことなどが合意される。また、ノミニーは株式の取得に必要な経済的負担を負わないため、外国人からマレーシア人に対し株式の取得に必要な金銭が貸し付けられることが通常である。会社の株主名簿と登記上はマレーシア人が株主として記録されるため、従前、株式の名義貸しは対外的には明らかにはならなかった。

 なお、倉庫業、運送業、小売業等、業種によっては、「ブミプトラ」の最低出資比率が要求されている業種がある。ブミプトラとは、一般的に、マレー系のマレーシア人を意味し、ブミプトラによる出資が要求されている場合は、(中華系やインド系マレーシア人ではなく)マレー系のマレーシア人との間で名義貸しが合意される。

 株式の名義貸しは秘密裡に行われるため正確な利用実態をつかむことは困難であるが、マレーシアでは株式の名義貸しは現在でも広く行われていると考えられる。筆者の知る限りでも、株式の名義貸しが行われているマレーシア企業はしばしば見受けられ、この中には日本企業のマレーシア子会社も散見される。

(2) 名義貸しの刑事・行政上の規制

 マレーシアには、

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