[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2017年3月号 269号

(2017/02/15)

第23回 『ブランド価値』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
  朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
  苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
  そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。



ディスカッション・パートナー

「まあ、営業報告書の話はこんなところだろう」
  小里はそう口にすると、別の話に切り替えた。もともと「たまには俺の相談にも乗ってくれ」と朝倉は言われて会議室に入ったのだが、結果的に営業報告書に関して具体的な相談事項は何一つなかった。小里が頭の中でモヤモヤと感じていたことを、朝倉との会話を通して、小里自身が勝手に明確な考えにまとめていった形だ。朝倉がディスカッション・パートナーになったと言えなくもないが、9割方小里が喋っていたということを考えると、「良い聞き手」というのが妥当な線だ。
  しかし小里にとっては、この聞き手が重要であったのだろう。普段は営業の最前線を飛び回り、多くのローカルスタッフの中で唯一の日本人として小里は働いている。その中でインドのカルチャーや従業員の考え方などについて、毎日多くのことを感じ学んでいるが、それらを体系的に考えたり、誰かに口に出して話したりする機会はほとんどない。同じ日本人の感覚も持ち出しながら共感できる人が周りにいないからだ。だからたまの本社帰還の際に、自分を掴まえて色々と話をしたかったのだなと朝倉は感じた。しかも年齢が一回り以上異なる自分に対して、小里は何も遠慮する必要がない。時折黙り込んで、朝倉の存在を忘れてしまったかのように一人考えることもできる。その意味では自分も少しは小里の役に立てているのかもしれないと、朝倉は感じることができた。

イメージ戦略

「それでだ、営業マン大会や重点顧客のツアー招待など、俺たちも色々とやってきた訳だが、そろそろイメージ戦略にも着手が必要じゃないかと考えている」
  小里がそう言うと、「イメージ戦略ですか?」と・・・

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