[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2018年6月号 284号

(2018/05/17)

第38回『お手盛りの現場視察』

神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】

三芝電器産業 株式会社
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (CEO)
狩井 卓郎
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (営業管理担当役員)
小里 陽一
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (生産管理担当役員)
伊達 伸行
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経営管理担当)
井上 淳二
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経理担当)
朝倉 俊造
佐世保電器 (三芝電器産業の系列販売店舗)
店主
岩崎 健一
旗艦店の店長
古賀 一作

(会社、業界、登場人物ともに架空のものです)

(前回までのあらすじ)

 三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
 インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
 朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
 苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
 そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
 日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、新たな外部の血を取り込みながら、本格的なPMI=M&A後の経営改革の幕が切って落とされた。


実態のWorkplace

 役員会で狩井から「better workplace プロジェクト」の組成が命じられた翌週、実務リーダーに選ばれた朝倉は主要な工場とオフィスの視察を開始した。当初は、プロジェクト・リーダーに任命された取締役のシャルマも同行する予定であったが、「偉い人が来ると現場の負担も大きい」と朝倉が提言し、最終的に一人で回ることになった。実際、取締役クラスが来るとなると、各拠点はその準備や対応に追われる。日常業務をすべて止めてでも、会議や視察に付き合わねばならず、ランチ・ディナー等の食事のセットアップも必要だ。
 また何よりお偉方が来るとなると、訪問前にオフィスも工場もきれいに片づけられてしまう。視察時に歩いてもらう動線を設定し、そこから見える雑然としたもの全てを、一時的にどこかの会議室に撤去してしまうのだ。これでは現状のworkplaceの実態など把握できない。朝倉はそう考え、シャルマを同行させないことにしたのだ。

日本でのCEO現場視察

 お偉方の視察に伴う一見過剰とも思える現場の準備は、レッディ社に限った話ではない。むしろ親会社である三芝電器産業の方が、準備にかける時間も手間も圧倒的だ。朝倉は入社して3年ほど経った頃、東京近郊の比較的大きな事業場に配属され、1年ほど経理実務に従事していた。そこに当時の社長が訪問することになった。
 訪問予定が決められた約半年前から準備は開始され、すぐに「過去の訪問時に行われた対応」「近年、他の事業所で行われた対応」などの情報集めが開始される。そして集められた情報を踏まえながら、社長来訪時にどのようにもてなすべきかを幹部が毎週真剣に話し合っていた。
 「我々が取り組んでいる施策とその成果を、パネル展示しよう」
 「他の事業所では、『若手との語らい』という枠を設けるのがトレンドらしい」
 「やはり最後は全社員を集めて臨時夕会を開き、社長から訓示をもらうべきだ」
 社長がそのオフィスに滞在するのは2時間弱だ。その時間枠いっぱいに、分刻みのスケジュールが設定される。そして滞在中のイベントごとにチームが組まれ、数カ月に及ぶ準備が行われるのだ。

膨大なロジ回りの準備

 取り組み事項やその成果報告など、社長に伝えるべき内容面に時間を費やすのは一定程度仕方がないことだ。しかし実際には、

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