[Webインタビュー]

(2021/06/01)

【第128回】M&A支援機関に登録制度を導入する理由 ~担当課長が語る、今後5年間に官民で取り組むべき『中小M&A推進計画』とは

日原 正視(経済産業省中小企業庁 事業環境部 財務課長)
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1.『中小M&A推進計画』の概要

計画策定の趣旨

――『中小M&A推進計画』が4月28日にリリースされました。

「『中小M&A推進計画』は、中小M&Aを進めるうえで今後5年間に実施をすべき官民の取り組みをまとめたものです。事業承継については、親族や従業員に引き継ぐケースが多いですが、最近は親族や従業員の中に引継ぎ手がなかなか見つからないケースも少なくありません。こうした状況において、経営者の高齢化が進んでいく中で、現実に廃業件数が増え、その廃業の中身も黒字廃業が目立つ状況になってきており、第三者に事業を引き継ぐ『M&A』の手法も事業承継の選択肢の一つとして重要性が高まっています。このため、中小企業庁では、2019年12月に『第三者承継支援総合パッケージ』を策定するなど、取り組みを進めてきました。しかしながら足元では、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて廃業がますます増え、2020年の廃業件数は過去最多となるなど、経営者の年齢を問わず、中小企業の経営状況は極めて厳しい状況にあります。また、感染症の影響に伴い新たな日常に対応するための事業再構築の重要性が高まっています。このため、経営者の高齢化への対応だけではなく、より広い意味で事業を引き継いでいく手段としてM&Aを推進すべきだと考えました。つまり、中小M&Aの意義の一つに『経営資源の散逸を防ぐ』ことが挙げられます。また、『生産性向上を実現する』手段としてのM&Aも重要であろうと考えています。まだ中小M&Aの実証的なデータがそれほど蓄積されているわけではありませんが、M&Aを実施した企業のほうが生産性を高めているという実証結果もでています。そういった観点から集中的にM&Aを推進する取り組みを加速するという意味を込めて、しかも、ある程度見通しが立ったほうが民間の方々も動きやすいだろうとの考えの下、計画というかたちでまとめています。

 中小M&Aを推進するというと、中小企業を淘汰するのかとのご指摘をいただくことがあります。たしかに、『M&A』というと2000年代にハゲタカと言われたマイナスイメージを引きずっている人が多く、また、事業を他者に売ることに対してそれを恥と感じる文化もまだあり、M&Aを国が推進することに否定的な見方をする人が少なくないことは承知しています。しかし、誤解されたくないのは、われわれはM&Aを強制したいわけではないということです。中小企業の経営者の方々に選択肢を用意することが行政の役割であると考えているところ、M&Aによって第三者に事業を引き継ぐ場面での支援策が現状では不足していると考えているのです。これまでは、事業を立ち上げる、成長させる、継続させる、そういった場面での施策が中心でしたが、一方で、経営者は人間ですから当然に寿命があり、どこかの場面で誰かに引き継ぐことが必要です。そうした事業を引き継ぐ場面での支援策もしっかりと整えることで、どの成長フェーズにおいても中小企業が次のステップに進めるようにしたいと思っているのです」
 

―― 今回の『中小M&A推進計画』には『M&A』という言葉が入っています。

「まだまだM&Aに否定的な印象を持たれている方がいらっしゃるでしょうが、最近は中小企業の経営者がM&Aに抱く印象も変わってきていると認識しています。あるアンケート調査では、10年前と比べてM&Aのイメージが良くなっているという回答が多くなっています。身近にM&Aを選択されている経営者が増えつつあり、『M&A』という言葉は、少なくともその意味するところが認知されつつあると判断し、『M&A』という言葉を使用しました」

潜在的な市場規模は約60万者

―― すでに中小M&Aは活発化しています。

「足元では年間3000件から4000件程度の実施状況だと認識しています。一方で、潜在的な市場規模は約60万者との推計もありまして、これを仮に10年間で達成するとなると、単純に割れば年間6万者です。現在の中小M&Aの実施件数は潜在的な規模と比べて桁が1つ小さいということです。M&Aを必要としている中小企業は現在の実施状況よりももっと多いと思いますし、経営者の高齢化や新型コロナウイルス感染症の影響が続く中で、必要なM&Aを促すことが中小企業にとっても、日本経済、地域経済にとっても重要であり、われわれは急いでその環境を整えていかなければならないと考えています。

 これまでの中小企業政策では、どちらかというと資金面での負担を支援する施策が中心でしたが、これからはM&Aに対しての不安や不信感を払拭することこそが次のステップに進むために重要であり、今回の計画の中では安心感や信頼感を高めていく、そういった取り組みに重きを置いて検討が進められました。

 また、日本人はゼロから何かを立ち上げるよりも、他社から既存の事業もしくは経営資源の一部を引き継いでそれをより良くすることが得意な人種だと思います。そういった意味では、アメリカなどでの創業の1つのパターンであるM&Aによる新しいかたちの創業、われわれはこれを『経営資源引継ぎ型創業』と言っていますが、そういった広義のM&Aを進めていくことも大事だと考えています」

中小M&Aの課題を規模別に分けた理由

「中小企業と一口に言っても規模の大小があり、しかも個人から法人までさまざまですし、業種もさまざまです。セグメントを区分して課題を把握しないと政策の打ち手も意味あるものになりませんので、その第一歩として規模で区分しました。具体的な目安としては、譲渡側事業者の売上高で1億円を下回るところを『小規模・超小規模』、1億円を超えるところを『大規模・中規模』というかたちで分けて議論していただきました。

 なぜ規模で分けたかですが、規模によってそもそも費用負担の程度が違います。当然ですが、小規模の事業者であればそれほど金銭面での余力がなく、大規模の事業者であればある程度余力があります。また、M&A支援機関の活動にも違いがあります。特に地方ですと小規模の事業者を対象にした支援機関は少人数です。一方で、比較的大規模な事業者になれば、支援機関は地方でもそれなりの規模で活動されていて、支援が足りている、足りていないというところでも差があります。加えて、M&Aを行う目的にも違いがあります。中小M&Aの目的はやはり事業承継が多いですが、特に大規模になるとさらなる成長を目指すためにM&Aで経営統合するというケースも少なくありません。

 それらを踏まえて、計画においては、『小規模・超小規模M&Aの円滑化に向けた主な取組』、『大規模・中規模M&Aの円滑化に向けた主な取組』、『中小M&Aに関する基盤の構築に向けた取組』の3つに分けています。ただ全体に通じることは、さきほども申し上げましたが、安心感、信頼感の醸成です」
 


2. 今後の中小M&A支援策の方向性

(1)中小M&Aに関する基盤の構築に向けた取組

課題1:他の経営課題より後回しにされがちな事業承継

「まず、『中小M&Aに関する基盤の構築に向けた取組』についてお話します。...


■ひはら・まさみ
2003年東京大学法学部卒、2011年ミシガン大学公共政策修士。2003年経済産業省入省。中小企業庁金融課(政策金融改革)、内閣府原子力被災者生活支援チーム(健康管理や除染等の基金創設など福島第一原発事故対応)、資源エネルギー庁(初となる水素・燃料電池戦略の策定)、中小企業庁政策企画委員(西日本豪雨、北海道胆振東部地震対応等)等を経て、大臣官房会計課政策企画委員として新型コロナウイルス感染症対策(持続化給付金、家賃支援給付金等)をはじめとする経済産業関係予算の総合調整を実施。2020年7月に中小企業庁財務課長に就任(現職)。

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