[視点]

2018年6月号 284号

(2018/05/17)

対抗的な買収提案の意義と買収対象会社の対応

白井 正和(同志社大学法学部 教授)
  • A,B,EXコース
問題の所在

 わが国では、これまでのところ、友好的買収(買収対象会社の取締役会の賛同を得て行われる買収)の場面において、第三者から当初の買収提案と競合する対抗的な買収提案が示されることは少ないとされているが、上場会社を買収対象会社とする取引である以上、わが国でも対抗的な買収提案が示される可能性はないとはいえない(注1)。また、近年の米国の学説上は、主としてMBOの場面を念頭に、実務におけるマーケット・チェックの積極的な実施を推奨し、対抗的な買収提案の出現を通じた買収対象会社の真の企業価値の把握を今後はより重視していく必要があるといった主張がなされている(注2)。こうした見解から示唆を得る形で、今後はわが国でも、実務においてマーケット・チェックが積極的に実施され、第三者から対抗的な買収提案が示されるようになることも十分に考えられるところである (注3)。
 以上の問題意識を踏まえ、以下では、友好的買収の場面において、第三者から対抗的な買収提案が示されることがどのような意義を有するかについて分析した上で、友好的買収の中でもMBOなどの構造的な利益相反関係が認められる買収の場面を念頭に、実際に対抗的な買収提案が示されたとしても買収対象会社が当該提案に対して適切に対応しないのではないかといった懸念をできる限り払拭する観点から、現行法の枠組みの中でどのような対処が考えられるかについて検討を試みる。


対抗的な買収提案の意義

 米国の学説上、市場における他の潜在的な買収者の調査・検討を通じて対抗的な買収提案の出現を促すマーケット・チェックの積極的な実施は、一般に、買収対象会社において既存の株主が公正な買収対価を確保する上で必要となる重要な保護措置であると考えられている(注4)。友好的買収の場面において、第三者から当初の買収提案と競合する対抗的な買収提案(中でも、より高額の対価を伴う対抗的な買収提案)が示されるということは、少なくとも次の二つの意味で、買収対象会社およびその株主にとって価値のある有益な情報であるといえるだろう。
 第一に、買収対象会社の真の企業価値(ひいては公正な買収対価がいくらであるか)を知るための重要な手掛かりとなる。買収対象会社の取締役であっても自社の真の企業価値に精通しているとは限らないため、対抗的な買収提案の内容を検討することで、市場における自社の企業価値に関する評価を知ることができ、そのことを手掛かりとして自社の真の企業価値をより正確に把握することが可能になる。また、とりわけMBOなどの構造的な利益相反関係が認められる買収の場面では、利益相反の問題に起因して、認知的不協和に基づく認知上のバイアスが生じ、買収対象会社の取締役の目が曇ってしまう(真の企業価値よりも大幅に低い価値をもって買収対象会社の企業価値であると誤って信じ込んでしまう)可能性が容易には否定できないことを踏まえれば(注5)、対抗的な買収提案の出現を通じた買収対象会社の真の企業価値の把握は、なおさら有用性が高いと考えられる。
 第二に、

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