[ニューノーマル時代の日本企業M&Aの指針]

2021年2月号 316号

(2021/01/18)

第2回 COVID-19がM&Aに与えた影響

柴山 典央(マーサー ジャパン M&Aアドバイザリーサービス部門 プリンシパル)
  • A,B,C,EXコース
 前回に引き続き、ニューノーマル時代の日本企業のM&Aの可能性について、述懐していきたい。新型コロナウィルスのパンデミックが発生して以降、我々の生活は大きく変容し、その影響は当然ビジネス活動や働き方にも及んでいる。多数の不幸を生んでいることからネガティブな部分は疑いようがないが、こと生活や働き方については、前進させた部分も無視はできない。

 これまで、日本企業あるいは日本という国家そのものがIT化、デジタル化に出遅れてきたと言われているが、こちらはこれまでの数々の巨匠達の言説に任せる。本稿では、コロナ禍においてこれが大きく変わろうとしている点について改めて触れたい。直近の厚生労働省の発表を見ても、これまでなかなか踏み込むことができなかったテレワークが大幅に普及し、連ねてビデオ・テレフォンカンファレンスやペーパーレス化も普及を余儀なくされている。このような働き方のIT化・デジタル化は、数々の課題はありながらも、我々の物理的な距離を確実に近づけ、多くの人々と対面で面談しづらくなった社会の中でもビジネスの継続を可能にしている。特に、海外出張が困難となった昨今、海外拠点や海外顧客とのやり取りの多くを、自宅にいながらにして代替しているのではないだろうか。転じて、後述する買収子会社あるいは海外子会社に対するガバナンスを促進する機運を高めていると考える。

 M&Aに視点を移すと、各種市場データやサーベイデータからも、今年前半のクロスボーダーM&Aの件数は大幅に減少している。様々な顧客から見聞きした話を総合すると、ディールの成否を決める大きな柱であるマネジメントプレゼンテーションやエグゼクティブとのインタビューはITにより代替できるものがある一方、サイトビジット等、海外の工場や拠点の稼働環境や従業員の活力等、実際の雰囲気はビデオカンファレンスだけでは伝わり切らないというのが、プロセスを妨げている一因となっている。その一方で、7月17日の日経新聞によれば、日本企業の事業売却は2020年1月~6月の前年同期に比べて64%増加しており、「第1回 事業再編・経営統合の加速」においても述べている通り、日本企業の事業再編に対する姿勢が変わりつつある。昨今は、日本企業と言えど、事業を単一国で展開していることは少なくなってきており、事業・子会社の売却を行うことは、すなわちグローバルな視野で事業の売買を検討する必要がある。以降の紙面を使って、グローバルでの事業買収・売却を加速するために、それぞれの留意点および、それを加速するグローバルガバナンスの要諦について述べたい。


事業買収・売却の留意点

 事業買収・売却においての最大の難所は、デュー・ディリジェンス段階における買収・売却対象範囲の確定と、買収契約締結以降のスタンドアロンイシュー、従業員転籍への対応である。買収・売却対象範囲の確定については、売り手・買い手間双方の交渉事項であるため、ここでの詳述は割愛し、本稿では対象範囲が確定した後のスタンドアロンイシュー、従業員転籍の留意点およびその発生の背景について述べたい。なお、事業買収・売却の留意点としているが、ここでは同じくスタンドアロンイシューが発生し得る子会社買収・売却のパターンについても紹介する。また、買い手からすると買収対象範囲の中で特に気になる転籍対象従業員の範囲は、買収契約締結時には明確に定義することが難しく、クロージング間近までもつれ込むことがある。

(1) 事業(資産)買収・売却

 上述の通り、買い手・売り手間で買収対象範囲が大きな争点となるのが事業(資産)買収・売却であり、その理由は買い手からするとなるべく買いたいもの以外は承継したくなく、売り手としたらこの際なるべくいらない負債等もまとめて引き取ってほしいと言う相反する利害関係のためである。

 さて、事業買収・売却からスタンドアロンイシューが発生する背景であるが、これは売り手が事業に対して提供しているITサービス、保険、オフィススペース等あらゆるサービスが売り手との契約となっているため、資産の所有権の移管と共に終了となるためである。シェアードサービス等で財務・IT・人事機能が提供されている場合、これらの機能は買収完了後に別途提供する体制が必要となる。また、対象資産の範囲に従業員は含まれないため、各国において必要な法的な手続きを経て、新会社に転籍させることが必要である。この範囲には、従業員に対する保険や退職金年金も含まれ、個人別に取り決めがわかれていたり、国によっては、保険契約自体は個人に紐づいているものの、金銭負担のみ会社が行っているパターンもあり、非常に細分化されていることがある。特に、日本の事業譲渡と同様に個別同意が必要となる場合、各従業員の個別の処遇条件を事前に知っておく必要があり、かなりの量の調査が必要である。また、欧州を中心とした国々では、日本の包括承継のように、対象事業と共に自動転籍となる場合が多いが、実際に自動的に移るのは雇用関係のみである。このため、事業譲渡と同じように新社で個人別の保険や年金を新たに調達するか、既存拠点の条件と比較し、差異を補填しながら、自社の制度を適用する必要がある(図1)。

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