[【企業変革】ポストコロナ時代の経営アジェンダ ~ ゲームのルールが変わる瞬間 ~(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社)]

(2020/08/20)

【第1回】 コロナによって変化が加速する世界

汐谷 俊彦(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員)

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はじめに

 コロナ禍という未曽有の出来事によってこれまでの社会構造や業界秩序が大きく変わっています。これまでに予測されていた前提やシナリオが大きく変わり、企業の競争環境が劇的にかつ急速に変化しています。それによって日本企業の弱点もあらわになってきました。これまで「取り組んできた変革が果たして本物だったのかどうか」そして、企業が「今後取り組むべき課題は何なのか」という問いを突き付けられているかのように感じます。このシリーズでは、まさに企業がポストコロナ時代で繁栄・成功するために何が必要となるのか、特に重要となるであろうデジタル、働き方・ワークスタイル、事業再編・M&A、コーポレートガバナンスなどといった経営アジェンダに焦点をあて、企業がとるべき方向性について議論していきたいと思います。

コロナ禍 - 戦後最大の有事

 もう遠い昔の話のようですが、日本国内においても初めてコロナウイルス感染者の死亡が確認され、横浜に入港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で毎日、感染者が爆発的に発生し、海外のメディアも含めて大々的に報道されていたのはわずか半年ほど前の出来事です。それから約半年たった現在において、人々が真夏にもかかわらずマスクをし、移動を自粛し、テレワークを続けているとは、当時からは想像しえなかった状況です。3月に入ると欧米での感染拡大を契機に株価も急落、米国が国家非常事態宣言を宣言し、いわゆるロックダウン政策を始めます。ただ、振り返ってみるとこの頃(3月末時点)の世界の感染者数は90万人程度(出所:Johns Hopkins University)です。当初は、気温や湿度が上がる夏にはウイルスが生き延びにくい環境になる、といった楽観的な見方もありましたが、現在2020年8月時点では2,000万人を超える累感染者数となっており、単に感染者数だけでみると、むしろ加速する勢いで現在も増え続けています。疫学的にも様々なことがわかりつつあるものの、結局のところ、このウイルスと戦う方法は、実は100年前のスペイン風邪の時から変わっていません。つまり、マスクをする、手洗いをする、人にうつさない・うつらないように移動を控える、いわゆる3密を避けるということです。これはワクチンができて集団免疫ができるまでのしばらくの間、少なくとも1年程度は現状の不自由な生活が続くことを意味します。阪神淡路大震災や、東日本大震災、それに続く原発事故など、未曽有の出来事は様々ありましたが、これほどの多くの国民がこれほどの期間にわたって自由な経済活動を制限されるのは、戦後75年たって初めて経験する有事です。

コロナによって世界が作りかえられている ‐ 変化加速器としてのコロナ

 このコロナ禍という緊急事態によって人々の働き方や人生観、社会構造、企業にとっての競争環境など、ありとあらゆるものが変わってしまったように思えます。ただし、危機の最中では、何が本質的に変わったのか、見失いがちです。この危機が終わった時、本当に変わるものと変わらないものが明確になるでしょう。

よくある議論としては、このコロナ禍が終息したときに・・・

  • 人は移動しなくなるのでしょうか?(自動車、航空、鉄道などモビリティ産業、あるいはツーリズム業界にとって死活的な命題です)
  • 人は密な空間を避けるようになるのでしょうか?(飲食、エンターテイメント業界にとって重大なテーマです。人が集まらないエンターテイメントや飲食は楽しいのでしょうか?)
  • 人は都心を避けて、郊外あるいは地方で生活するようになるのでしょうか?(これまでのメガトレンドであったアーバナイゼーションの大転換です)
  • テレワークは定着するのでしょうか?(多くのオフィスワーカーにとって重大なテーマです)
  • 対面営業はなくなってしまうのでしょうか?

 これらはすべて、不可逆的でもとに戻らないという説もあれば、一時的な現象にすぎず必ず揺り戻しが起こるはずという説もあります。ただし、その中でも間違いなく起こっている・もしくはこれから起こるであろう不可逆的な変化は"デジタル化",“社会課題駆動型",“中国の台頭"の3つではないかと考えています。

1.デジタル化

 一度始めたテレワークはもはや完全に元に戻ることはないでしょう。素晴らしいことに満員電車に乗って通勤することは少なくなるでしょう。もちろん業種業態によるものの、テレワークのできない会社は新卒・中途採用の市場から選ばれなくなります。これまで、できない理由をいろいろと並べて進まなかったことが、実は、「やれば、意外とできちゃったね」です。業務プロセスの効率化についても同様でしょう。現在の状況は、電子化・自動化という業務改革を日本全国一丸となってパイロットしているような状況です。またオンライン飲み会を経験された方も多いかと思いますが、オンライン診療や、オンライン授業、オンラインイベント、オンラインフィットネス、オンライン帰省、などなどコロナ禍でおこったデジタル関連のイノベーションは枚挙にいとまがありません。まさに制約が新たなイノベーションを生みだしているのです。これからますますデジタル化が進展していくことは間違いないでしょう。

2.社会課題駆動型

 非常事態を経験し、生命の危機すら感じる経験を経ると、人は「なんのために生きているのだろう」「そもそも、なんのために働いているのだろう」という問いに思いを巡らせます。経済的に豊かさだけを追い求めることが、決して最終的な目的ではないということに誰しも気づきます。そして周りの人、自分の存在している社会にどうやって貢献するかを考えるようになります。これはSociety 5.0のめざすところでもあり、最近の企業経営でよく用いられるサステナビリティ経営やパーパスといったキーワードで語っても良いかと思います。どのように社会に貢献していくのかという視座で企業の存在価値・パーパスが定義されていない、もしくは社内・社外にうまく伝えられない企業は、優秀な人材を惹きつけ、採用することが難しくなり、徐々に競争により淘汰されてしまうでしょう。これによって社会課題に駆動され、社会課題を解決できる企業が生き残ることになります。

3.中国の台頭

 欧米がロックダウンを続け、日本が緊急事態宣言を発出した2020年4月には武漢のロックダウンが解除され、再びオフィスへ出社できるようになりました。その後、散発的に新規感染者の発生はあるものの、当局が人同士の接触を一元的に管理する、いわゆるヘルスコードを活用しながら、新規感染を抑え込んでおり、経済活動を劇的に復活させています。結果として世界の主要国で唯一、今年GDPのプラス成長が予測されているのが中国です(出所:IMF)。顧客としてみるのか、仕入先としてみるのか、提携先としてみるのか、競合として考えるのかによって取るべきアクションは変わってきますが、戦略オプションを考える際に必ず考慮しておくべきトレンドです。

 ただ、よくよく考えてみると、これら3つのトレンドは実は、コロナ前から存在していたトレンドです。例えばデジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉はずっと前から叫ばれ続けているスローガンで、何もコロナによってDXがうまれたのではありません。

 これまでの株主至上主義を見直し、ひいては資本主義を再考しようというトレンドは以前からありました。SDGsやステークホルダーキャピタリズムという言葉が盛んに使われ、2020年1月のダボス会議では世界最大の資産運用会社であるブラックロック社もESGを基準にした投資をすると宣言しています。これらはすべてコロナ前の出来事です。また、中国という国家は、20世紀に入ってから、危機のたびにステップアップしています。生産大国から消費大国、経済大国へと歩みを進めてきたのが過去20年の歴史です。

 大きな意味で、今回のコロナ禍は、これまでのトレンドをさらに加速させて企業に影響を及ぼしているといえるのではないでしょうか。これまで変革が遅々として進んでいなかった企業にとっては、その負の遺産を早く処理しなければもうあとはない、ということです。別の言い方をすると、あと10年は何とかやっていけると思っていた成熟期にある事業が、一気に余命3年になってしまったということかもしれません。その意味では、業界再編や事業売却も視野に入れた事業ポートフォリオの見直しなど、日本企業にとってこれまで難しいとされてきたアジェンダに取り組んでいく必要に迫られるはずです。

日本企業は弱点があらわになった

 過去30年の日本企業の株価の相対的パフォーマンスの低さはもはやだれもが知るところですが、こういった危機においては必ず、最も脆弱な部分が残酷なまでにあらわになります。その意味では、日本企業であらわになった弱点は次の3つです。

  • 有事のリーダーシップ
     社員の健康と安全を守ることは最優先、ただし同時に業績も守る必要がある、また企業市民として社会的な使命を果たす必要がある、ただし判断するための情報は不十分、もしくは日々変化する、といった状況のなかで、何を軸にどのような意思決定をし、組織をリードしていくか、これはまさにリーダーシップが問われる局面です。
     コロナ禍によって、経営者のみならず、現場のリーダー含めて、リーダーシップの力量が露わになったのではと思います。
  • 電子化の遅れ
     業務の電子化の遅れは、誰の目にも明らかです。ハンコを押すために出社する。役所に提出する書類をパソコンでつくったものの、役所には紙で提出する必要があるため、印刷するために近所のコンビニに行く。都道府県にコロナ感染者を報告する保健所は手書きでFAXのやり取りをしているなどなど。もはや笑い話のようですが、今回のコロナ禍では、これまで根強く残っていた紙文化のデメリットが一気に噴出した感じです。デジタルという大げさな言葉を語るまでもなく、単なるコンピュータによる自動化、電子化による業務効率化でさえできていなかったということです。
  • 成果ベースの働き方
     テレワークによって、はからずも多くの企業が成果ベースの働き方を迫られることになりました。テレワークになると、とにかく頑張って(=時間をかけて)報告書を作りましたというのが通用しないので、出てきたアウトプットがダメならダメでその時点で終わりです。成果を出せる人とそうでない人が如実に明らかになります。
     また、その一方で、部下が何をしているのか見えないため、上司の監視がひどくなるという新たなハラスメントまでうまれています。実は成果ベースの働き方に向けた課題は、マネジメントする側の問題もかなり大きいということなのです。
     これまで成果主義といいながら、いかに中身がともなっていなかったかが、明らかになりました。
     今後は、スキルが高く、価値を生み出せる人にとっては、副業がノーマル化するでしょう。というより、むしろそちらの方が企業にとっても、働く人にとっても合理的です。物理的な制約がなくなったことで、東京に住むのをやめて郊外、地方あるいは海外に移住する人が増えるという説もありますが、どちらかというと、地方にとどまっていた有能な人材が解き放たれ、東京の大企業で仕事をするケースが増えるのではないでしょうか。


コロナを奇貨として変革を加速する

 先日、象徴的な出来事がありました。テスラの時価総額がトヨタの時価総額を上回ったのです。非常事態とはいえ、毎年、営業利益を2兆円以上叩き出している企業の時価総額を、ほとんど利益を出していない企業の時価総額が上回るというにわかには信じがたいことが起こっています。資本市場の評価が常に正しいとは思いませんが、将来を見通す先行指標として有意義であることも確かです。なぜこんなことが起こっているのでしょうか?テスラは自動車を製造していますが、その本質はAmazonやGoogleと同じテクノロジー企業です。トヨタは素晴らしい企業ですがエンジニアリング企業であって、テクノロジー企業ではありません(少なくともテクノロジー企業とみなされてはいません)。今、資本市場でおこっているのは、エンジニアリング企業からテクノロジー企業への強烈な価値のシフトが起こっているのです。これはすなわち、全ての企業にテクノロジー企業への変革を迫っていることと同義です。

 多くの人が指摘するように、これは危機であると同時に大きな機会です。多くの企業がダメージを受けていますが、そのダメージの受け方は実は様々です。そして、この危機は、いつかは必ず終わります。その後に勝者と敗者を冷徹なまでにあぶりだすのがこの危機の本質です。ポストコロナの世界は、すでに決まっているわけではありません。掛け声だけのうわべだけの変革は、はからずも、このコロナ禍で白日の下にさらされることになってしまいました。これまで変革をしてきた企業も、なかなか進まなかった企業も、ポストコロナに向けた変革を今こそリスタートし加速させるタイミングではないでしょうか。


デロイト トーマツ コンサルティング合同会社

■筆者略歴

汐谷 俊彦(しおたに・としひこ)
外資系コンサルティング会社等を経て現職。製造業/テクノロジー/エネルギー/化学/ヘルスケア/商社など幅広い業界に対して成長戦略策定、事業ポートフォリオ見直しといった戦略面での支援や、M&A戦略策定に始まり、デューデリジェンス、PMI計画策定および実行支援・買収後のオペレーション改善といったM&Aライフサイクル全領域において幅広い経験を持つ。特にクロスボーダーM&Aやカーブアウト買収といった複雑で難易度の高い案件を数多く手掛けている。また、日系企業による海外企業の買収を契機に、その後のグローバル化に向けたトランスフォーメーション支援や、買収後の海外企業のターンアラウンド、ガバナンス改革などの案件も支援している。東京大学工学部卒。

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