[【DD】グローバルM&Aにおける非財務リスクへの対応(クロール・インターナショナル)]

(2019/01/23)

【第1回】 非財務リスクとは

村崎 直子(クロール・インターナショナル・インク シニアアドバイザー)
5)地政学的リスク

  地政学的リスクは、今や一般的な言葉となりましたが、特定の国・あるいは地域における政治的、軍事的あるいは社会的な緊張が高まることにより、その国や地域の経済、場合によっては世界経済全体の先行きを不透明にするリスクを言います。テロや戦争、クーデターや財務破綻などにより、原油価格が高騰したり、為替の乱高下を招き、その地域において操業する企業にも大きな影響を与えることになります。

6)セキュリティリスク

  これも読んで字のごとくですが、国あるいは特定の地域において、従業員の生命・身体の安全が危険にさらされることもあります。当該国の国民であればそれほど危険でなくても、そのときの対日感情により、日本人従業員に対するセキュリティリスクが高まることもありますので、その時どきの環境の分析が重要になります。

7)規制リスク

  海外への進出あるいは海外企業の買収に当たっては、当然ながら、進出先国・地域の法制度への対応が必須です。米国や英国のみならず、世界各国において、贈収賄法令や独占禁止法等に基づく摘発強化の傾向がみられているほか、GDPR(General Data Protection Regulation、EU一般データ規則)にみられるように、情報管理に係る法規制が全世界的に強化される傾向にあるなど、法規制リスクは、法執行リスクとともに、日々変化し続けており、進出先国・地域における最新の法規制への対応が求められています。シリーズの後半でもう少し詳しく触れたいと思いますが、米国の対米外国投資委員会(Committee on Foreign Investment in the United States,“CFIUS")も、18年、審査制度に大きな変更を加える法律が制定されておりますが、これはアメリカにおけるM&Aの際の新たな法規制リスクといえるでしょう。

8)サードパーティリスク

  いくら自分の会社あるいは買収先の会社では法規制を遵守していたとしても、下請けやベンダーが自社の業務のために賄賂を支払っているなどの法律違反を犯していた場合、自社のサードパーティー管理の責任を問われることがあります。FCPAにおいても、サードパーティによる賄賂の支払いで多額の罰金を科せられることはよくあり、サードパーティリスクは多くのステークホルダーを抱える企業にとっては極めて身近なリスクでもあります。

9)レピュテーションリスク

  不祥事が大々的に報道されると、株価が急激に下がることがあります。日本国内でも反社会的勢力と付き合っているという噂が出回ると、金融機関をはじめ多くの会社で取引ができなくなることがあります。こういった風評・レピュテーションにより業務に支障が出るリスクをレピュテーションリスクといいます。なお、風評・レピュテーションの内容は必ずしも真実とは限りません。根も葉もない風評によりレピュテーションがダメージを受けることもゼロではなく、また、同じ業界の他の企業の不祥事につられて業界全体のレピュテーションが棄損されることもあり、レピュテーションリスクというのは、極めてコントロールが難しいリスクといえます。

4.複雑に絡み合うリスク

  なお、上記に挙げたようなリスクですが、1つの問題について1つのリスクが必ず対応している、というものではなく、複数のリスクが絡み合っている場合もあります。例えば、会社ぐるみの粉飾決算が明らかになったような場合、これは不正・不祥事リスクでもありますが、行政・サンクションリスク、訴訟リスク、レピュテーションリスクにもなり得ますし、北朝鮮と関係のある販売代理店との取引を継続していたというようなことがあった場合、これはサードパーティリスクでありながら、レピュテーションリスクでもあるということになります。従って、M&Aにおいて、ある事象がどういったリスクに分類されるのか、というのはあまり意味のある議論ではありません。しかし、上記のようなカテゴリーの種類を知っておかなければ、リスクの有無をチェックする上で、抜け漏れが出てきてしまいかねません。「このM&Aにおいて、〇〇リスクはあるだろうか、××リスクはどうか」とリスクの有無を網羅的に明らかにしていくことが重要なのであって、確認されたリスクが別のリスクのカテゴリーとオーバーラップしていること自体はさほど気にする必要はありません。ただ、リスクのカテゴリーによっては対応部署が異なってくることがありますので、あるリスクが別のリスクとも絡んでいる場合には、リスクを検討するステークホルダーが増えることは十分にあり得ます。

5.非財務リスクの深刻度

  では、上記のような非財務リスクは、どの程度深刻なリスクとなりえるのでしょうか。

  一つFCPA違反という不正リスクを考えてみます。18年10月、ペトロブラスがDOJ(米司法省)及びSEC(証券取引委員会)に対して17億8000万ドルの和解金を払うことで合意したという報道がなされました。これは、日本円にして約2000億円にも上り、一気にこれまでのFCPAの和解金額のトップに躍り出るという結果になりました。これは極端な例でありますが、日本においても18年の4月、パナソニックが米国子会社のFCPA違反により、米国当局に対し和解金約2億8000万ドル(約300億円)を支払うことで決着しているという事案もあります。さらに、和解にいたるまでのリーガルフィーや調査費用などが加算されるため、実際にFCPA違反により支出することになる費用はこれ以上となります。こういったFCPA違反が買収後の会社にも適用されることは、18年の7月にも米司法省の高官が明言しており、買収前後のデュー・ディリジェンスの重要性を改めて強調する背景となっています。

次回では、買収前の非財務リスクに着目したデュー・ディリジェンスについてお伝えしたいと思います。


■ クロール・インターナショナル・インク

■筆者経歴

村崎直子(むらさき・なおこ)
クロール・インターナショナル・インク シニアアドバイザー。
大学卒業後、警察庁に入り、静岡県警捜査第二課長、兵庫県警外事課長を歴任。2008年ベイン・アンド・カンパニー・ジャパンを経て、10年クロール日本支社に入社。15年日本支社代表を経て、18年9月より現職。M&Aの際のデュー・ディリジェンスのほか、不正調査などを多く手掛ける。京都大学法学部卒業、ハーバード大学ジョン・F・ケネディ行政大学院修士課程修了。

 



 



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