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[【企業価値評価】事業法人の財務担当者のための企業価値評価入門(早稲田大学大学院 鈴木一功教授)]

(2019/05/22)

【第5回】リスク指標としての分散・標準偏差、ポートフォリオ投資によるリスク分散

鈴木 一功(早稲田大学大学院 経営管理研究科<早稲田大学ビジネススクール>教授)
1.ファイナンス理論におけるリスクとは

  本連載の第4回では、割引率は、資本コスト、ハードル・レートなどと様々な呼び方があること、そして割引率の本質を表わすのは、資本の機会費用という呼び方であり、その機会費用とは、投資家が類似の投資から得られる期待収益率(期待リターン)であることを説明しました。また、類似の投資とは、同程度のリスクを持った他の投資ということ。したがって、金融市場における他の同程度のリスクを持った投資機会が、どの程度の収益率(リターン)を上げることが期待されているかがわかれば、それが資本コスト、割引率となることも示しました。

  それでは、他の投資が同程度の「リスク」を持っているかどうかは、どのようにして計測されるのでしょうか。そもそも、リスクが高い、リスクが低いといったことを、どのように客観的に数値化できるのでしょうか。今回は、リスクについて、ファイナンス理論がどのように考え、数値化しているかについて、その概要を説明していきます。

  ファイナンス理論において、リスクがあるということは、将来発生する投資収益率(リターン)が確実ではない、不確実性があることを意味します。一般に「リスク」というと、悪いことが発生することを示しているようなイメージがありますが、ファイナンス理論においては、平均的な結果以上に良い収益率が得られることも、悪い収益率が得られることも、同じようにリスクと呼びます。それでは、この収益率の不確実性としてのリスクについて、次のような事例で実際に考えてみましょう。

  いま今投資家にとって、資産1、2、3という、3つの1年限りの投資資産の選択肢があるとしましょう。これら投資資産は、1年後の景気次第で投資の収益率が変わるとします。話を単純化するため、1年後の景気には、好景気、通常景気、不況の3つのパターンしかなく、同じ確率(33.3%, 3分の1ずつ)でどれかが起こると仮定します。それぞれの投資資産の好景気時、通常景気時、不況時の収益率を示したのが、図表5-1です。

図表5-1  3つの投資案件投資資産の収益率(収益率は年率)


  投資1では、景気がどのような状況になっても1%の収益率が得られます。この投資では、投資の収益に不確実性がないので、ファイナンス理論では、リスクのない(リスクフリー:risk-free の)投資とされます。これに対して、投資2と3では、1年後の景気次第で投資の収益率に差が出ます。つまり、これらの投資は、投資の収益率に不確実性があり、ファイナンス理論では、リスクのある投資だと考えられることになります。

  それでは、投資2と投資3では、どちらのリスクが大きいでしょうか。ファイナンス理論における投資のリスクの大きさとは、不確実性の幅の大きさとされます。この「不確実性の幅」をどのように計算するかについては、後で説明しますが、図表5-1の事例では、明らかに投資3の「不確実性の幅」(好景気と不況の収益率の差である8%)のほうが、投資2(収益率の差4%)よりも大きいです。したがって、投資3のリスクは、投資2のリスクよりも大きい、と考えられます。

  図表5-1のケースでは、1年後の投資収益率が、好景気、通常景気、不況の各ケースについてあらかじめわかっていました。しかしながら、現実にはこのようなケースはまれです。ある資産に投資した場合の収益率が、1年後の景気の状態に応じてわかっていることは通常あり得ません。また、そもそも景気は好景気、通常景気、不況などという単純な区分に分類されるわけでもありません。

  そこで、現実の資産のリスクを判断する際には、過去にその資産、もしくは類似の資産がどのような収益率を達成し、その収益率が実際にどの程度変動したかを計算することで、リスクを推定するという方法が用いられます。これは、たとえば、ある硬貨に表(もしくは裏)が出やすくなるような歪みがあるかどうかを調べたいけれども、その硬貨の歪みを直接測定できない場合に、実際に、その硬貨を投げてみて表と裏の出る回数を調べてみる、ということと同じです。もし硬貨に歪みがなければ、たとえば硬貨を100回投げた場合は、表と裏がそれぞれ50回出ると予想(期待)されますが、実際に投げてみた結果、表か裏かのどちらかの出た回数が50回を大きく超える場合には、投げた硬貨に歪みがあるのではないか、と推測することになります。このことを、統計学では、標本抽出と呼んでいて、その標本から得られたデータを基に、直接測定できない対象物(母集団)の実態を推定することが可能です。

2.過去の投資収益率からのリスクの数値計算

  以下では、投資から実際に過去に得られた収益率を(標本として)用いて、その投資のリスクを数値化する方法を説明します。以下では、図表5-2に示した、投資4~6の事例を用います。図表には、ある年に、実際に各投資から得られた月次収益率(1ヶ月間投資した場合の収益率)が記載されています。これらの投資について、リスクをどのように計測し、数値化するかについて、以下で説明していきます。

図表5-2  3つの投資案件の月次収益率


  まず投資4は、全ての月において収益率が1%となっています。そこで、これら12ヶ月のデータを見る限り、投資4は、リスクのない投資(リスクフリーの投資)であることが推測されます。毎月の収益率が、期間中変動していないからです。一方、投資5, 6は毎月の収益率が変動していますので、リスクのある投資だと考えられます。

  それでは、投資5と6、どちらの投資のリスクが大きいのでしょう。収益率のリスクについて考える際には、その収益率が平均を中心として、どの程度上下にぶれるかを基準にして数値化したものが、リスクに対するファイナンス理論における1つ目の指標です(リスクに対しては、分散投資を前提とした2つ目の指標「ベータ」があるのですが、それは次回以降に説明します)。この計算が、実際にどのように行われるかについて説明したものが、図表5-3になります。なお、参考までに、リスクのない投資とした投資4についても、同じ計算をしたものを示しています。

図表5-3  3つの投資案件の月次収益率



  投資5を例に、説明していきましょう。この投資の12ヶ月間の平均月次収益率は、2%であることが計算できます。そこでまず、各月の収益率が、平均収益率とどの程度差があったかについて計算します(図表内に赤字で示した「手順1」)。投資4, 6についても、同様に計算したものが示されています。

  ざっと見ただけで、投資6の毎月の収益率の平均収益率との差は、投資5よりもばらつきが大きそうに見えます。投資6における12ヶ月平均との差は、上限8%、下限-9%なのに対して、投資5は、上限6%、下限-5%となっています。しかし、他の月(たとえば10月)においては、投資5の平均収益率の差が、投資6のものより大きい月もあり、これだけでどちらの収益率のばらつきが大きいかを判別することはできません。そこで、毎月の「平均収益率との差」を何らかの形で、12ヶ月分の標準的な(平均的な)数値にすることになります。ここでは、統計学の手法に基づき、計算した平均の差を2乗するという手法を用います(手順2、パーセントではなく小数点で表記しています)。2乗することで、平均の差がマイナスの月についても、その結果の値はプラスになります。また、平均との差の幅(絶対値)が大きいほど、差の2乗も大きくなるので、平均から大きく離れた収益率になった月には、差の2乗の数値も大きくなっています。(例:投資6の9月の収益率は、平均との差が-9%なので、それを2乗すると0.0081[=-0.09×-0.09]。)ちなみに、投資4においては、各月の収益率の平均収益率との差、差の2乗は、全て0となっており、リスクがゼロである(リスクがない)ことを示しています。

  12ヶ月分の差の2乗が計算できれば、それらの平均を計算すれば、投資5, 6のどちらのリスクが大きかったか、すなわち、毎月の収益率の平均との差が、より大きく変動したかを数値化できます。具体的には、12ヶ月分の差の2乗を合計した後に、11(=12-1)で割ったものを、統計学では「分散」と呼んでおり、これが12ヶ月分の差の2乗の平均に相当します(手順3)。分散は、各月の収益率と収益率平均との差を2乗したものの平均値ですが、「平均との差の2乗の平均」ということで、「平均」という言葉が2度出てきますので、混乱しないようにしましょう。

  なお、収益率の差の2乗の平均値を計算するのに、12ヶ月でデータの個数が12なのに、1小さい11で割る理由は、統計学における標本からの推定値の計算方法に由来するのですが、詳細は統計学の専門書に譲りたいと思います(「自由度」というキーワードで、調べてみてください)。ここでは「実際のデータの個数よりも、1小さい数で割るのがルール」と、いうことだけ頭の片隅に入れておいておけば十分です。実際には、表計算ソフト(Microsoft Excel)において、分散を計算させる関数(VAR関数)を使えば、実際のデータの個数よりも1小さい数で割った値(たとえば、資産5では、0.00129)が表示されるため、実務上このルールを意識する場面は、あまりないかもしれません。

  こうして分散を計算すれば、その数値の大きいほうが、リスクのより高い投資だと考えられます。投資5と投資6についていえば、投資6の分散(0.00318)のほうが、投資5の分散(0.00129)よりも大きく、投資6のリスクの方が大きいと客観的に判断できます。

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