[視点]

2017年11月号 277号

(2017/10/17)

組織再編成税制と租税回避:ヤフー事件の普遍性

 恩地 一樹(大阪大学経済学研究科 教授)
  • A,B,EXコース

ヤフー事件

  2016年に最高裁で結審したヤフーの租税回避事件はまだ記憶に新しいかもしれない。組織再編成税制の下、一定の要件を充足すれば被合併会社の繰越欠損金を引き継ぐことが可能なことを奇貨とし、ヤフーはソフトバンクの子会社を完全子会社化したのち適格合併し繰越欠損金を引き継いだのだが、2008年3月末の決算期に約210億円も納税額を減少させた。完全子会社化から合併までの間がおよそ1カ月と短かったが、東京国税局は一連の取引を問題視し、繰越欠損金引継の要件のみを満たすための目的だと主張し裁判を起こした。判決では組織改編税制における包括的な租税回避防止規定が初めて適用され、業界で注目を集めた裁判であった。
  経済学や会計学の学説では「国内企業間のM&Aにおいて、繰越欠損金などの税的誘因はあくまで副次的な要因にすぎずM&A市場の規模までには影響を与えない」との説が主流であるが、このヤフーの事例は反例とみえよう。このコラムでは、ヤフー事件は例外的事例なのか、通説と現実の乖離はどのように生じているのか、最近の経済学の統計ツールの紹介もまじえながら解説したい(注1)。

ヤフー事例にみられる段階取引の普遍性

  まず、最高裁まで争われたという点でヤフーの事例は特殊であるが、節税スキーム自体は珍しいものなのであろうか?ヤフーが用いたのは複合的節税スキームであったが、その基本は節税指南書に解説されており、買収後に合併するという段階取引自体は普及しているものと推察できる。節税スキームは多彩である。第一段階で完全子会社化ではなく、100%以下で買収したのち非適格合併を行うスキームもある。
  租税回避はその性質上、統計的に観測し難い。諸外国に比べ税務データの開示の遅れているわが国での検証は特に容易でない(注2)。このため、ここでは段階取引の普及度に限定して考えてみたい。つまり、純粋な租税回避目的の事例だけでなく、いざ合併する際に税的に有利になる段階取引を選択した事業目的を有する合併のケースも含める。買収後の合併の有無を調査するにあたりレコフM&Aデータベースが活用できる。このデータベースは有価証券報告書やプレスリリースなどの資料を基にしているため、経済規模的に重要な国内主要企業の関わる段階取引の抽出を可能にしている。2001年から2010年の間に締結された国内企業間の合併の内、締結前に独立起業間で50%超買収が行われたものは507件と企業数の少ない大企業のサンプルとしては多数といえる。図1はx軸に買収から合併までの月数を示したヒストグラムである。サンプルにおける中央値は16カ月、4分の1のケースで7カ月以内である。ヤフーの場合34日であったが、短期間のうちに締結された段階取引も少なくない。

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