[M&A戦略と会計・税務・財務]

2018年8月号 286号

(2018/07/17)

第134回 アーンアウトの会計処理と公正価値評価

鎌田 恭彰(PwCアドバイザリー合同会社 マネージャー)
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 今年4月のマネックスグループによるコインチェックの完全子会社化において、「アーンアウト」が採用された。取得価額として、36億円に加えて、今後3事業年度の当期純利益の合計額の2分の1を上限とし、一定の事業上のリスクを控除して算出される金額を追加で支払うというものである(注1)。

 アーンアウトは米国のM&Aでは一定の割合で採用されている(注2)。本稿で述べるようなメリットもあることから、日本企業によるM&Aにおいても今後はアーンアウトの採用が増加する可能性がある。一方でアーンアウトを採用する場合には、会計や公正価値評価等の観点で留意すべき事項がある。本稿では主に、アーンアウトを採用する際に検討する必要がある会計処理及び公正価値評価方法の概要について解説を行う。なお、文中における意見にわたる部分は、筆者の個人的な見解に基づくものであることをお断りしておく。


2. アーンアウトとは

 アーンアウトは、会計上条件付対価(“Contingent Consideration”)として整理されており、IFRSでは以下のように定義されている(IFRS第3号付録A)。

 「通常は、特定の将来事象が発生した場合や条件が満たされた場合に、被取得企業の旧所有者に対し、被取得企業に対する支配との交換の一部として、取得企業が追加的な資産又は資本持分を移転する義務。ただし、条件付対価は、特定の条件が満たされた場合に、以前に移転した対価の返還を受ける権利を取得企業に与えることもある」(注3)

 一般的にアーンアウトの条件として採用される指標やイベントとしては、以下のようなものがある。

財務指標:売上高、EBITDA、当期純利益等
非財務指標:売上個数、入居率(空室率)等
マイルストーンとなるイベント:認可、訴訟の解決、契約の締結および継続、製品開発ステージの進展等

 コインチェックの事例では、被取得企業であるコインチェックにおける今後3事業年度の当期純利益発生が条件となっている。その条件が満たされると当期純利益の2分の1を上限として、取得企業であるマネックスグループがコインチェックの旧株主に対して追加の対価を支払うことになる。

 また、大塚製薬によるNeurovance, Inc.の買収では、Neurovance, Inc.で開発中の化合物「センタナファジン」の開発進捗に応じたマイルストーン及び売上高に応じた販売マイルストーンを条件とし、Neurovance, Inc.の旧株主に追加の対価を支払うこととされている(注4)。

 では、アーンアウトはどのような場合に採用されるのだろうか?一般的には以下のような場合が考えられる。

買い手・売り手間の意見相違への対応:
 将来の見通しに関し、買い手と売り手の間で意見の相違が生じることがある。この場合、買い手の意見に基づく価格を先に支払い、売り手のより楽観的な見通しが実現した段階で買い手が追加支払いを実施することで、価格に関する意見の相違を埋めることができる。
経営陣へのインセンティブ付与:
 売買後も売り手が対象事業・会社の経営に関与する場合、アーンアウトの設定により対象事業・会社の目標達成に向けたインセンティブをもたらすことができる。
資金調達手段:
 売買対象事業・会社で期待された成果が生じる時点までの対価の後払いを目的としてアーンアウトを採用することがある。

 コインチェックの事例では、コインチェックの仮想通貨交換業者としての登録可否に関して買い手と売り手の間に意見の相違があったことが発表されている(注5)。マネックスグループとしては、仮想通貨交換業者登録ができれば利益をあげられると考える一方で、当該登録可否が不透明であることに関して懸念を有していたようである。また、コインチェックの旧株主である同社前代表取締役社長の和田晃一良氏と同社前取締役COOの大塚雄介氏がマネックスグループによる買収後も執行役員として残ることも発表されており、両氏へのインセンティブという観点も考慮された可能性がある。

 M&Aでは対象事業・会社の不確実な将来予測を基礎とする評価に基づいて対価を決定するため、その見方については買い手と売り手で意見の相違が生じることも多い。そうした場合に買い手と売り手の合意の下に案件を成立させるための手法として、アーンアウトが活用されている。


3. アーンアウトの会計処理

 次に、アーンアウトの会計処理について解説する。アーンアウトは、日本基準とIFRS・米国会計基準で会計処理方法が異なる。

 日本基準では、企業結合に関する会計基準(以下「企業結合会計基準」という。)において「条件付取得対価が企業結合契約締結後の将来の業績に依存する場合には、条件付取得対価の交付又は引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で、支払対価を取得原価として追加的に認識するとともに、のれん又は負ののれんを追加的に認識する」とされている(企業結合会計基準第27項1号)。なお、ここで追加的に認識するのれん又は負ののれんは、「企業結合日時点で認識されたものと仮定して計算し、追加認識する事業年度以前に対応する償却額及び減損損失額は損益として処理する」とされる(企業結合会計基準第27項1号注4)。

 一方でIFRSでは、「取得企業は条件付対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならない」とされている(IFRS第3号39項)。公正価値とは、「測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格又は負債を移転するために支払うであろう価格」のことである(IFRS第13号9項)。アーンアウトの公正価値評価には、通常「市場参加者」(注6)の視点に基づく「インカム・アプローチ」(注7)が用いられる。

 そして、アーンアウトで定められている「利益目標の達成、一定の株価への到達又は研究開発プロジェクトにおけるマイルストーンへの到達」などの「取得日後の事象により生じた変動」については、その後の各報告日において公正価値の変動を純損益として認識する(IFRS第3号58項)。ただし、「資本に分類される条件付対価」については再測定してはならず、「その後の決済は資本の中で会計処理しなければならない」とされている(IFRS第3号40項、58項)。

 ここまでIFRSを参照して解説してきたが、米国会計基準でもASC805、820等において、原則としてIFRSと同様の記載がなされている。

 以上より、

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