[寄稿]

2018年12月号 290号

(2018/11/15)

M&A契約のMAE条項による契約終了を認めた米国裁判例

~Akorn v. Fresenius判決~

川城 瑛(サウスゲイト法律事務所・外国法共同事業 弁護士)
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 M&A取引に係る契約においては、しばしば、クロージング時点において買収対象となる会社(以下「対象会社」という。)に「重大な悪影響」(Material Adverse Effect<以下「MAE」という。>)を及ぼす事由が生じていないことをクロージングの前提条件とする、いわゆるMAE条項が定められる。このMAE条項が定められた場合、契約締結時点から契約の実行(クロージング)までに、対象会社に「重大な悪影響」を及ぼす事由が生じた場合に、買収者が取引を実行する義務の前提条件を満たさないとして、買収者は当該取引を実行しないことができる。米国のM&A実務上は誰もがよく目にするこのMAE条項だが、長い判例の歴史上、実際にMAEがあったとして契約の一方当事者が契約の実行を拒否することができた前例は存在しなかった。このAkorn v. Fresenius判決(注1)(以下「本判決」という。)は、米国デラウェア州において、MAE条項への該当を理由として合併契約の終了を認めた初めての事例である。本判決は、いかなる事象がMAEに該当するかを分析する上で、今後のM&Aの実務に重要な影響を与えるものと思われるため、以下で紹介することとしたい。


2. Akorn v. Fresenius判決

(1) 事案の概要

 米国のジェネリック医薬品の製薬会社であるAkorn, Inc.(以下「Akorn社」という。)及びドイツのヘルスケア企業であるFresenius Kavi AG(以下「Fresenius社」という。)は、2017年4月24日、Fresenius社の米国子会社を合併消滅会社、Akorn社を合併存続会社とし、当該合併によりAkorn社がFresenius社の完全子会社となる内容の合併契約(以下、単に「合併契約」という。)を締結した。合併契約においては、2018年4月24日が効力発生日とされており、Fresenius社の義務履行の前提条件の一つとして、Akorn社に関するMAE条項が定められていた。

 Akorn社の業績は、合併契約締結後の2017年第二四半期以降急落し、また、Fresenius社宛になされた内部通報を端緒として行われた調査によってAkorn社の重大なコンプライアンス違反等が発覚した。これを受けて、Fresenius社は、表明保証違反や契約上の義務違反と併せて、Akorn社の業績悪化によりMAE条項に該当したことをも主張し、前提条件の不充足(注2)を理由として、合併契約を終了させる旨の通知を行ったところ、Akorn社が合併契約の履行を求めて訴えを提起した事案である。

(2) 判決要旨

(a) 「重大性(Materiality)」について

 本判決は、悪影響の「重大性」の判断に関し、先例(注3)を踏襲して、①「収益の短期的な低下では足りず、合理的な買収者が長期的な見地から見た場合に重大であるといえる必要がある」こと、②「商業的に合理的期間における対象会社の収益能力に重要な対象会社の事業に悪影響があったか否かが重要な考慮要素となり、かかる期間は数ヶ月ではなく、複数年と考えられる」こと、③「重大性の程度を評価する際は、一般的に時季的な変動を最小化するために会社の業績を前年の同一四半期と比較すべきである」こと等を判示した上で、大要以下の事情から本件においては「重大性」が認められると判断した。

Akorn社の四半期毎の売上、営業利益及び一株当たり純利益は、2017年第2四半期以降それぞれ前年比で売上が25%-34%、営業利益が84%-292%、一株当たり純利益が96%-300%低下した。加えて、売上、EBITDAEBIT及び一株当たりの当期純利益は、2012年から2016年まで継続して成長を続けていたが、2017年のEBITDAは前年比で55%、EBITは前年比で62%それぞれ低下した。
(裁判の時点において)Akorn社の業績低下は既に丸1年間継続しており、回復の兆しもないことに加え、Akorn社の主要製品における競合他社の出現や、重要な顧客の喪失といった業績低下の要因は将来的にも継続的に重大な影響を与えると合理的に想定された。
2017年4月当時Akorn社の合併契約の承認に係る取締役会に提出されたDCF法によるバリュエーションの中間値は1株あたり$32.13であったのに対し、裁判の時点のアナリストの分析では、合併契約締結後のAkorn社の業績を踏まえ、1株あたり$5から$12と評価された(注4)。

 なお、Akorn社は、合併によりFresenius社に利益がもたらされる限り、MAEには該当しないと主張したが、MAEの定義にFresenius社の利益に関連する文言はなく、対象会社の価値のみに着目した文言となっていることを根拠として、かかる主張は排斥されている。

(b) 例外事由への該当性について

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