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[「M&A入門」~M&A戦略立案からPMIまで~]

(2015/06/10)

第1部 「M&A戦略」

第1回 「M&A戦略立案の基本ステップ①」

 西田 尚史(プライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ(現PwCアドバイザリー合同会社) シニアアソシエイト)

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はじめに

 本連載では、これから9回にわたって「M&A入門」を連載します。

 M&Aの入門編ですので、M&A業界に興味を持っている学生や、M&A業界で働いてみたいと考えている若手社会人を主な読者層に想定して解説していきます。また、仕事で初めてM&A案件に取り組むことになり、M&Aプロセスを短期間で一通り理解したい方にも役立つ内容になればと思います。

 M&Aは、成長戦略を実現させる目的以外にも、再生やグループ再編等でも幅広く活用されています。M&Aの形は使い方によって様々ですが、まずは基本形を押さえることが有意義であろうと考えますので、本連載では、成長戦略を実現させる際のM&Aを想定して解説を進めていきます。

 全9回のうち、はじめの第1回から第3回までは、M&A戦略立案フェーズ(実際のM&A取引が始まる前の戦略立案の段階。プレM&Aとも呼ばれます)を、中盤の第4回から第6回ではエグゼキューション(実際のM&A取引の段階)を、終盤の第7回から第9回ではポストM&A(M&A後の統合作業)をテーマとする予定です。

M&A戦略立案のフェーズ

 第1回から第3回にわたって解説する「M&A戦略立案」フェーズは、今回解説する「M&Aを活用した事業戦略の検討」のステップに続く「M&A候補の選定」、「M&A提案(仕掛け)」の3つのステップで構成されます。せっかくですので、ここで「M&Aを活用した事業戦略の検討」の後の2つのステップについて先に少し紹介しましょう。

 2つ目のステップである「M&A候補の選定」では、1つ目のステップで描いたM&A戦略に最も適したM&A候補先を選びます。実際の企業を当て込んで具体的に考えていきますので、立案したM&A戦略に一気にリアリティが出てきます。ここで肝となるのは、「M&A目的の実効性」と「M&A取引の実現性」の二面から評価することの重要性を肌感覚で持っておくことです。

 3つ目のステップは、選んだM&A候補先に実際のM&A提案を持ちかけるステップです。M&A提案のイメージを持ってもらうために、どういった検討を経てM&A提案が行われるのかを第3回目の連載において説明する予定です。

     


M&Aを活用した事業戦略の検討

 さて、ここからは第1回目のテーマである「M&Aを活用した事業戦略の検討」のステップについて解説していきます。このステップで最も大切なことは、M&Aを使ってどのように会社を成長させるかをしっかりと考え抜くことです。

 自社の経営資源を前提とした戦略を組み立てようとすると、どうしても現状の事業の延長線上に戦略目標を設定してしまい、「現状の延長線上で何ができるか」という思考になりがちです。他方、M&Aを前提とすると「必要な経営リソースは外部から調達する」というスタンスをとることができます。M&Aをうまく活用すると「自社の経営リソースという制約条件を外して、当社としてどういう戦略を持つべきか」という思考に変えることができるのです。結果、自前の経営資源を前提とした事業戦略とは異なる成長曲線を描くことができます。これこそがM&Aを活用する最大のメリットです。

 先ほど「しっかりと考え抜く」と言いました。そこまで強く言ったのには、訳があります。M&A戦略の立案は、ポストM&Aに買い手と対象会社がどういう形になり、何が起こるかまで含めて考えておくことが必要です。というのも、買い手にとってのM&Aの成功は、「M&Aを実現すること」ではなく、「M&A取引後に、当初描いた目的を達成すること」だからです。でも現実のM&A取引では、実際に対象会社が目の前に現れ、売り手との交渉が佳境に入っていくと、当初は「M&Aを活用して何を実現するか」を考えていたはずなのに、次第に「M&Aを実現すること」が目的になってしまうことがあります。主従の関係で言うと、戦略が「主」でM&Aが「従」であるはずなのに、いつのまにかこの主従関係が逆転してしまい、「M&Aを実現すること」に目的がすり替わっていきます。なぜこうなるのでしょうか。それはM&Aに取り組む前の段階で「M&Aで何を実現したいのか、なぜM&Aを選択したのか」について、しっかりと考え抜かれておらず、十分な議論が尽くされていないためです。M&Aは、目的である戦略を実現するための手段でしかないのに、いつのまにかM&Aを実行すること自体が組織の目的となっていきます。「主」と「従」の関係が逆転しまうことを防ぐために、M&Aを使ってどのように会社を成長させるかをしっかりと最初の段階で考え抜いておくことが重要です。

 そこで第1回目の今回は、「M&Aを活用した事業戦略の検討」について、M&Aを活用できる事業戦略にはどのようなテーマがあるかという観点から、既存、海外、新規の3つの事業戦略領域においてどのようにM&Aを活用できるかを解説します。具体的には、既存事業戦略については「1. 既存事業の強化」、海外事業戦略については「2. 海外市場の開拓」、新規事業戦略については「3. 新規事業の創出」の観点からM&Aの活用法等を紹介します。

 これら3つの観点からの解説は「何のためにM&Aを実現するのか?」を議論する拠り所になると思いますので、自社の事業戦略を構築する際の参考にして頂ければと思います。

   

既存事業の強化におけるM&Aの活用

 M&Aは、「既存事業の強化」において多く使われています。すでに自社の収益の柱として育っている事業をM&Aを活用していかにさらに強化させるかを考えるものであり、その活用類型には、「①効率化」「②ラインアップ拡充」「③機能の取り込み」「④技術・テクノロジーの獲得」の4つがあげられます。

 1つ目の「効率化」を狙うM&Aは、同業他社との合併や経営統合において多くみられます。同業同士の統合だからこそ、期待できる経営統合の効果があります。具体的には、各社が有している同じ業務を一本化して固定費を削減する、重複した事業資産を統合して資産規模を圧縮する、規模の経済性を生かした購買活動等を行うことによりコストダウンを目指す等の策により収益性を高めることです。

 このような事業の効率化を狙ったM&Aは、鉄鋼業界や石油などの天然資源、あるいは小売業など様々な業界で起きており、上位プレイヤーによるM&Aは規模が大きいため、しばしば「業界再編型のM&A」と称されます。様々な業界において再編が起きている背景には、今後更に加速する人口減や消費の低迷により需要が減退する中、供給企業側では、限られたパイを奪い合い、競争激化が起こっていくことがあげられます。今後「効率化」を目的としたM&Aは、ますます増加していくものと考えられます。

 ところが、当初「効率化」を目的としていたにもかかわらず「効率化」が実現できていない事例が少なくないことも事実です。M&Aの目的が「効率化」であると言うと、後ろ向きの印象を与えるため、経営陣が本来のM&Aの目的を社員に十分に共有できていなかった。その結果「効率化」は当然のごとく実現されなかった。また「効率化」を目的としたM&Aでは、ポストM&Aにおいて、痛みを伴うコスト削減策を実現しなければいけませんが、組織の抵抗にあって「効率化」策を実行できなかった。このような事例は枚挙にいとまがありません。

 M&Aは「言うは易く行うは難し」です。「効率化」を目的とすると言うのは易しいですが、果たして自社の組織ではその実行は可能なのか、実行をどうコミットするのか、どうやったら実行できるのかまで、戦略構築の段階で十分想定しておくことがここで言うしっかりと考え抜くことです。

 2つ目の「ラインアップ拡充」とは自社の製品・ブランド・サービスのラインアップの拡充を目的としてM&Aを実行するものです。

 顧客に提供する有形無形の商材を増やすことで、他社との差別化を図ります。また、補完する商材を抱き合わせ販売することで、既存顧客からの販売総量を増やすこと(=ある分野における顧客内シェアを高めること)ができます。

 実はこれも「言うは易く行うは難し」で、たとえば買収した会社の製品を自社で販売するクロスセリングを目論んでも、実際に売上拡大に結び付かなかった事例は少なくありません。製品販売といえども昨今はコンサルティング営業の時代です。営業の現場に時間やコストをかけて教育投資をしないとそう簡単にラインアップも拡充できないのです。実現できる戦略を構築するとは、そこまで考え、準備しておくことを意味します。

 3つ目の「機能の取り込み」とは自社が持っていない機能の獲得を狙ったM&Aです。

 機能とは、R&Dや製造、販売といったビジネスプロセスのことを指します。たとえば、製造業であれば、R&D、企画(設計)、調達、製造、販売、アフターサービスという流れで顧客に製品が届けられますが、すべてのプロセスを一気通貫で持っている企業はそう多くはありません。たとえば製造小売(SPA)という概念が登場する前は、製造業と小売業は別々の業態として棲み分けができていました。その後、ZARAやユニクロ、良品計画などのSPAが出てくると、彼らはビジネスプロセスをつなげて、小売業で顧客の声を集め、商品開発に活かすことによって、競合との差別化を図るようになりました。製造だけ、あるいは小売りだけという単機能だけよりも、それらが連鎖しているビジネスプロセスを持つことが競争優位につながる場合があるのです。

 「連鎖したビジネスプロセスを持ち、顧客への提供価値の増大を図る」という戦略も「言うは易く行うは難し」です。というのも、製造業と小売業とでは、従業員の仕事に対する姿勢や価値観、会社としての企業文化は大きく異なります。また、仕事内容が変われば、仕事のKPIや、人事制度等も異なります。違いが大きすぎると、統合後に従業員同士の対立や衝突が起きてしまいます。考え抜くとは、両社にどのような違いがあるかを予め想定し、これら違いをいかに乗り越える術を検討しておくことまで含むのです。

 4つ目の「技術・テクノロジーの獲得」とは、R&Dの強化(を通した顧客への提供価値の増大)を狙ったM&Aです。

 日本企業の多くは、技術・テクノロジーのR&Dの分野において、未だに自前主義を貫いていますが、製品のライフサイクルの短縮化、製品カテゴリーの多様化に伴う研究開発競争の激化等の要因によって環境が激変する中、昨今では、技術を狙ったM&Aも増え始めています。今後は、これまで以上のスピードでの製品開発が要求されますので、時間を買う観点から、「技術・テクノロジーの獲得」を目的としたM&Aは更に増えるものとみられます。

 「技術・テクノロジーの獲得」を狙ったM&Aで肝心なことは、R&Dに携わる研究者・技術者のプライドや気持ちを大切にしながらも、彼らにも変革を求めることです。せっかく経営トップの判断で新しい技術・テクノロジーを獲得しても、現場の研究者・技術者に積極的に活用する姿勢がないと、宝の持ち腐れになってしまいます。いかに他社由来の新しい技術やテクノロジーを、高いプライドを持った現場の研究者・技術者にきちんと評価してもらい、受け入れてもらうか、そのための手立てを事前に考えておくことも戦略構築の一環として必要なことです。

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