[【法務】カーブアウトM&A の実務と課題(柴田・鈴木・中田法律事務所 柴田堅太郎・中田裕人弁護士)]

(2020/01/09)

【第1回】 カーブアウトM&Aのコーポレートガバナンス上の重要性とスタンドアロンイシュー

柴田 堅太郎(柴田・鈴木・中田法律事務所 パートナー弁護士)
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1.連載にあたって 

 コーポレートガバナンス上の課題として、近時、コア事業に集中し、ノンコア事業の撤退・売却を検討する「事業ポートフォリオマネジメント」の重要性が叫ばれている。その手段として、「カーブアウトM&A」実施の促進が期待される。「カーブアウトM&A」には、様々な定義が考えられるが、ここでは企業の一部の事業を売買するM&A取引をいう。一方で、カーブアウトM&Aは、通常のM&A取引と比較して、「スタンドアロンイシュー」を中心として固有の難しい問題を多く含んでおり、実現に至らないことも珍しくない。そこで本連載では、このカーブアウトM&Aの実務上の問題点について、法務の観点から検討を試みる。第1回は、カーブアウトM&Aのコーポレートガバナンス上の重要性とスタンドアロンイシューについて概要を述べる。

2.コーポレートガバナンス上の重要性

 カーブアウトM&Aは、最近のコーポレートガバナンス上の課題の一つとなっている「事業ポートフォリオマネジメント」の観点からも極めて重要であり、より積極的な実施が期待される取引と言える。

(1)コーポレートガバナンス・コードと対話ガイドラインで求められる事業ポートフォリオの見直し

 ①CGコード
 2018年6月1日に改訂・公表されたコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)原則5-2は以下のように定め(下線部は筆者による。)、資本コストを的確に把握した上で、収益力・資本効率等に関する目標実現のために、事業ポートフォリオの見直しを求めている。

【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】
経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。


 ②対話ガイドライン
 また、改訂CGコードと同じく2018年6月1日に、CGコード及びスチュワードシップ・コードの「附属文書」という位置づけで公表された金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン」(以下「対話ガイドライン」という。)1-3.においても以下の記述がある。

経営戦略・経営計画等の下、事業を取り巻く経営環境や事業等のリスクを的確に把握し、新規事業への投資や既存事業からの撤退・売却を含む事業ポートフォリオの組替えなど、果断な経営判断が行われているか。その際、事業ポートフォリオの見直しについて、その方針が明確に定められ、見直しのプロセスが実効的なものとして機能しているか。


 この点、「既存事業からの撤退・売却を含む事業ポートフォリオの組替え」について「果断な経営判断」が求められている点が注目される。これは、事業ポートフォリオの組み替え、特に既存事業からの撤退・売却が、多くの企業にとって大きな決断を要するものであり、克服するべき課題であることを示している。まさに、売主にとってのカーブアウトM&Aが、対話ガイドラインにいう果断な経営判断を要するところの「既存事業の売却」にあたる。

(2)グループガイドラインにおける「事業ポートフォリオマネジメントの在り方」
 
  事業ポートフォリオマネジメントについては、2019年6月28日に経済産業省が策定、公表した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下「グループガイドライン」という。)にも、第3章「事業ポートフォリオマネジメントの在り方」として詳細な記述がある。

①日本企業の現状と課題
 前述のように、CGコード及び対話ガイドラインでは資本コストを意識して、事業ポートフォリオの見直しについて「果断な経営判断」を行い、その方針を明確に定めるべきことが定められている。一方で、日本企業の実態として、「資本コストに見合わない低収益事業を抱え続けているために、コア事業に十分なリソースを集中できていないのではないか」、「事業撤退・売却等を行う上での課題として、その基準や社内プロセスが不明確」といった課題が指摘されている(グループガイドライン3.1)。

 カーブアウトM&Aの実施に至る前提としての既存事業撤退に関する決断は極めて難しい問題であるにもかかわらず、これまでガバナンス上の課題として大きく取り上げられてこなかった。グループガイドラインでは、その決断の難しさに真正面から触れていること自体にも大きな意義がある。グループガイドライン中の企業アンケート結果では、上記の課題で指摘されたもののほか、「従業員や労働組合との調整が困難」、「社長・CEOが撤退・売却の決断に踏み切れない」、「対象部門やその部門出身者が反対するため実現しない」といった課題も掲げられていることからも、決断に至る難しさが伺える。

②「ベストオーナー」の考え方
 事業ポートフォリオマネジメントでは、(選択と集中が必要となる)コア事業と(売却又は撤退の対象となる)ノンコア事業の見極めが重要であるところ、グループガイドラインでは、コア事業とノンコア事業について、企業にとって極めて厳しい整理をしている(グループガイドライン3.2前半)。すなわち、コア事業を「自社グループにとって、持続的成長を支える競争優位性があり、それを最も活かせる事業(自社が「ベストオーナー」になれる事業)」とし、ノンコア事業を、単に「不採算事業」とするのではなく、「必ずしも事業そのものの収益力や成長性が低いというわけではないが、自社グループにとって競争優位性を有する分野でない等の理由で、自社グループ内にあっては十分なリソースが投入されにくいために、相対的に成長可能性が低くなっている、あるいは資本コストを相応に上回る収益力が見込まれない事業分野であり、当該事業にとって最適な成長戦略として、独立あるいは当該事業(分野)をコア事業とする「ベストオーナー」への売却等が有効と考えられるもの」としている。

 以上のようなコア・ノンコアの整理を前提として、たとえ「ベストオーナー」になれないという意味でのノンコア事業が存在したとしても、そこそこ収益を上げているなどの事業があれば、そこから撤退することは、企業にとって極めて難しい判断となるであろう。

③社外取締役関与の重要性
 グループガイドラインでは、以下のように事業ポートフォリオマネジメントに関する社外取締役による関与の重要性を説いている(グループガイドライン3.2後半)。

グループ本社の取締役会は、事業ポートフォリオマネジメントのための仕組みの構築において主導的な役割を果たすとともに、その運用の監督を行うことが期待される。その際、経済合理性に基づく冷静な議論が行われるよう、社外取締役の主体的な関与が重要である。


 コア事業強化とノンコア事業の整理という取り組みを進める際には、「過去の関係者との関係など社内にはしがらみも多く、各事業部門からのボトムアップアプローチでは一定の限界があること」から、取締役会が主導的な役割を果たすとともに、社内の業務執行から距離を置いた社外取締役の主体的な関与が特に重要であるとされる。

④撤退基準とプロセスの明確化
 グループガイドラインでは、不採算部門からの撤退やノンコア事業の切出しの基準を明確化するべきことが提案されている(グループガイドライン3.3)。その中で、欧米企業において、EBITDA や ROCE(Return on Capital Employed)などの財務的指標に基づく定量的基準を採用している取組例が紹介されている。

 明確な撤退基準を設けることは、企業にとって極めて難しい決断となることが予想される。一定の財務的基準をクリアできなければ直ちに撤退という機械的な適用までは行わず、一定の定性基準や猶予期間などの他の枠組みも設けるとしても、企業としては、撤退基準が曖昧な内容とならないように心がけるべきであろう。また、基準の設定及び適用の有無についても、独立社外取締役を含む取締役会で議論するべきであろう。

3.スタンドアロンイシュー

  以上のように、事業ポートフォリオマネジメントの一環として、カーブアウトM&Aは極めて重要であるにもかかわらず、その実施は難しい。それは、以上のガバナンスの議論で触れたような売主サイドにとってのノンコア事業の売却という「果断な決断」の難しさに加えて、「スタンドアロンイシュー」と呼ばれるリスクが内在することに起因する。

 スタンドアロンイシューとは、売主から切り離された事業が買主のもとで当該事業単独では運営できない現象をいう。そもそも、同一の企業又は企業グループ内で、対象事業と対象外事業それぞれにおける資産、契約関係及び機能の全部又は一部が渾然一体となって運営されていることが多いため、一部の事業だけを切り離すとそれ単体では買主にとって運営が困難となることがある。他方、事業の切り離しは売主側でも深刻な問題を生じる。売主が譲渡対象となる事業(以下「対象事業」という。)以外の事業(以下「対象外事業」という。)にも関連する資産、契約関係及び機能まで買主に提供してしまうと、対象外事業に悪影響を与えてしまうからである。このように、カーブアウトM&Aにおいてスタンドアロンイシューは、買主側、売主側双方にとって深刻な課題となる。

 例えば、特許権などの知的財産権の帰属や利用の問題は、スタンドアロンイシューの中でも交渉上最も問題となりやすい。頻繁に生じる交渉上の争点としては、売主としては、譲渡対象を構成する特許権については対象事業部門が直接所管する特許権のみとすることを求めるのに対して、買主としては、スタンドアロンイシューを回避するために、当該部門が所管しているかどうかにかかわらず、およそ対象事業に必要なすべての特許権を譲渡対象とするか、譲渡対象としないまでもライセンスの対象とすることを望む。対象事業に必要な特許権をすべて利用できるようにしなければ、買主としては対象事業を譲り受けた後も常に特許権侵害を主張されるリスクに晒され、安心して事業を遂行できないからである。

 しかし、売主の立場からは、対象事業部門が所管しない特許権もカーブアウトM&Aの俎上に乗せることは、その特許権を所管する対象外事業部門をも巻き込むことを意味し、組織における権限分配上不都合な問題を生じるばかりか、何よりも対象外事業にも悪影響を及ぼしかねないため、このような買主の要求に対して激しく抵抗する。このような事情もあり、カーブアウトM&Aでは大組織内部の生々しい問題に直面することもしばしばである。

 このように、カーブアウトM&Aにおけるスタンドアロンイシューは、換言すれば、売主が売りたいと考える資産ないし機能よりも、買主が必要とするそれらの方が広範となるという譲渡対象範囲の不一致によるものといえる。

 この不一致は、解消できなければときにM&A取引が破談になるレベルの重大性を持つことも珍しくない。そこで、このような両当事者にとってセンシティブといえる問題を、交渉過程において緻密な利害調整によって着地させることが重要となる。

4.次回以降の本連載の構成

 本連載では、カーブアウトM&Aにとって重要な論点となるスタンドアロンイシューを中心として、次回以降、取引の各場面における問題点について以下のような検討を行う。

①カーブアウトM&Aのストラクチャーの比較検討
 カーブアウトM&Aのストラクチャーには、会社分割、事業譲渡をはじめとしていくつかの方法が考えられるが、法務の観点から、その比較検討を行う。

②カーブアウトM&Aにおける法務デューディリジェンスの留意点
 スタンドアロンイシューを中心として、カーブアウトM&Aにおける法務デューディリジェンスの実施上の留意点について検討する。特に、カーブアウトM&Aでは、売主側により実施されるデューディリジェンスである「セラーズ・デューディリジェンス」が重要となる。カーブアウトM&Aでは、セラーズ・デューディリジェンスによってスタンドアロンイシューを事前に把握しておくことで、売主の対象外事業の価値の毀損を防ぐことが期待できるからである。

③カーブアウトM&Aにおける最終契約と交渉上のポイント
 最後に、スタンドアロンイシューの観点を中心に、 最終契約において設けられる内容 と交渉上のポイントについて解説する。特に、カーブアウトM&Aでは、以下の点が重要となる。

  • 対象事業の譲渡に関する契約(吸収分割契約、事業譲渡契約など)における承継対象となる資産、負債、契約関係の特定方法。デューディリジェンスを経て、対象事業に必要な資産等をすべて承継対象としたい買主と、対象外事業に関連する資産等は承継対象の範囲外としたい売主との間で、承継対象の切り出し方法を巡りときとして激しい交渉となる。なお、取引によっては、そもそも対象事業自体の定義が問題となることもありうる。
  • 対象事業の譲渡に関する契約とは別途締結される各種付随契約(ライセンス契約、トランジション・サービス契約、出向契約など)。これらの付随契約は、承継対象とならない知的財産権その他の資産や人員等のリソースについて売主から別途供給を受けることを目的とするものであり、カーブアウトM&Aでは上記の対象事業の譲渡に関する契約と並んで重要となる。

■筆者履歴

柴田 堅太郎(しばた けんたろう)
1998年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2006年ノースウエスタン大学ロースクール卒業。2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)、2007年ニューヨーク州弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所を経て、2014年2月に柴田・鈴木・中田法律事務所を開設、現在に至る。M&A、ベンチャーファイナンス、コーポレートガバナンス、企業の支配権獲得紛争などのコーポレート案件を主な取扱分野とする。




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