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[【法務】カーブアウトM&A の実務と課題(柴田・鈴木・中田法律事務所 柴田堅太郎・中田裕人弁護士)]

(2020/06/25)

【第6回(最終回)】経済産業省「事業再編実務指針(案)」のポイントとカーブアウトM&A

柴田 堅太郎(柴田・鈴木・中田法律事務所 パートナー弁護士)
1.はじめに

 経済産業省は、「事業再編実務指針」(以下「本指針」という)の策定を予定している。本指針は、「成長投資を積極的に行うためにも、事業ポートフォリオの新陳代謝、特にスピンオフや事業売却等によるノンコア事業の切出しが重要とな」るところ、日本の大企業全体として「特に事業の切出しに関しては、日本の経営者の意識や雇用慣行等との関係で、組織的な慣性の力が働きやすく、その決断と実行への動機づけとしては必ずしも十分ではな」かったという現状を受けて(注1)、事業再編促進のための指針をまとめるべく2020年1月31日に設置された「事業再編研究会」(以下「本研究会」という)において計6回の審議を経て策定されるものである。現時点では、2020年5月22日開催本研究会第6回「資料3」として本指針の案(以下「本指針案」という)が公表されており、まだブランクの箇所がいくつかあるものの(注2)、概ね本指針案の内容で確定するものと予想される。

 本連載第1回においても「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下「グループガイドライン」という)第3章「事業ポートフォリオマネジメントの在り方」を紹介した上で、前述のような日本の大企業の課題に起因するカーブアウトM&A実現の難しさについて言及したところである。本指針は、グループガイドラインの事業ポートフォリオマネジメントの在り方に関する部分の「内容を踏まえつつ、特に『事業の切出し』にフォーカスして、その促進のための具体的な方策やベストプラクティスについて深掘り」し、かつ、これまで経済産業省が策定公表してきた「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下「CGSガイドライン」という)、グループガイドラインと並んでコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という)を補完するものである(本指針案1.2。なお、以下特段の言及のない限り、項目番号は本指針案のものを指す)。

 本連載ではカーブアウトM&A実現に向けた法的な課題について触れてきたが、カーブアウトM&Aを含む事業切出し(注3)を実施するまでの「果断な経営判断」(金融庁「投資家と企業の対話ガイドライン」1−3)それ自体もまた、「ガバナンス改革、成長戦略の一丁目一番地であり、最後に残っている岩盤」(注4)とも言える課題として重要であり、カーブアウトM&Aを検討する上では本指針の理解は必須と言えるだろう。他方で、本指針案は現時点で90頁超と大部であり、かつ、その理解には本研究会での議論の把握も必要となってくる。そこで本連載の最終回となる今回は 、本指針の確定前ではあるが、本指針案を題材として、そのうち特に重要かつ印象的と思われる箇所を紹介し、適宜コメントを試みることを通じて、カーブアウトM&Aとの関わりを考えてみたい。

2.全体について

(1)構成

 本指針案は第1章で策定されるに至った背景・問題意識、位置付け、目的と対象が述べられた上で、第2章で経営陣、第3章で取締役会及び社外取締役、第4章で投資家・情報開示という3つの異なる当事者、レイヤーでの検討がなされ、第5章で実行段階における実務上の工夫が述べられるという構成となっている。

(2)全文を読むことが望まれる

 CGSガイドライン、グループガイドラインも同様であったが、本指針案はそのベースとなった本研究会における発言や紹介された取組み事例の重要部分が集約されている。とりわけ、本指針案の脚注では委員の(必ずしもコンセンサスがあるわけではないものの)重要な発言が紹介されているため、M&A実務関係者やガバナンス関係者は、90頁を超える資料ではあるが、(本指針が確定してからでも良いので)できれば脚注を含め全文に目を通すのが望ましい(なお、マネジメント層向けにエグゼクティブ・サマリーも公表されているが、エッセンスのみであるためサマリーだけを読むのでは理解が十分得られない可能性がある)。

(3)ガバナンス改革はさらに「聖域」なきものへ

 従来、M&Aの実施は経営陣の自由な経営判断の問題と位置付けられてきた。しかし、2018年のCGコード改訂において初めて資本コストの把握と事業ポートフォリオに言及がなされ(同コード原則5−2)、グループガイドラインでは事業ポートフォリオマネジメントの在り方について検討がなされることで、M&Aを実施するかどうかはコーポレートガバナンス上の課題として取り込まれ、状況次第では積極的に実施することも経営陣として求められる行動であるとされるようになった。本指針案は、さらに一歩進めて日本の大企業において苦手とされてきた事業切出しについて推進を促すことで、この方向性をますます決定的なものにしている。後述のように本指針案は事業切出しの検討・実施に伴う組織と雇用の在り方の見直しまでもスコープに含めるものであり、日本企業のコーポレートガバナンス改革は聖域ないものとなってきている。 

(4)ウィズコロナ・ポストコロナとの関わり

 さらに特筆するべきは、事業再編委員会での審議中、新型コロナウイルス感染症が全世界を襲ったことを受けて、本指針案は、「ウィズコロナ」、「ポストコロナ」を見据えた企業による踏み込んだ(対処療法に終始していない)構造改革に言及した極めてタイムリーなものとなっていることである(1.0)。よく指摘されるとおり、この度のコロナショックは、多くの企業にリモートワークや無駄な会議の削減を含む働き方改革を言わば「強制的に」もたらした。コロナショック下で本指針案が策定されたことで、企業による事業切出しは対外的・対内的により説明しやすい状況となるものと思われる。

3.第1章(はじめに)について

(1)「なぜ今、事業再編について考えるべきなのか」(1.0)

①DX及び組織論へも言及
  • 「ウィズコロナ」を生き抜き、その先の「ポストコロナ」に向けて持続的成長の軌道を確保するためには、「ビジネスモデルの前提が変わることを直視して『デジタル・トランスフォーメーション(DX)』の取組み、達成が至上命題」としている。
  • また、DX実現には、「事業レベルのポートフォリオの組換えにとどまらず、これをキャッシュ創出につなげるための組織能力(ケイパビリティ)の変革を必然的に伴う」としている。これは、DXの加速により、「今まで以上に事業そのものがなくなってしまうとか、ある産業がなくなってしまうという強烈なトランスフォーメーションが次から次へと起きる」(注5)ことから、「『組織論』への踏み込みも避けられない」(注6)ことを受けてのものである。
②コロナ影響下でのリスク分散のための多角化という考え方
  • 「今回のコロナショックを受けて、『リスク分散のための多角化(リスク特性の異なる事業分野を持つこと)』の意義を見直す声も聞かれるが、このことは、シナジー創出を通じた成長戦略が描けないような多角化を正当化するものではない。また、今回のような『有事』においては、手元資金の厚さがリスク耐性(バッファー)としてクリティカルな要素となるが、キャッシュ創出力は、企業の競争優位性に基づくビジネスモデルとして戦略的な事業ポートフォリオを構築することにより強化されるものであるということを確認する必要がある。」として、コロナショック影響下にあってもリスク分散のための多角化という「言い訳」を否定している。
(2)「背景・問題意識」(1.1)

①「事業ポートフォリオの組替えや事業再編の必要性」(1.1.1)
  • 「新規分野への投資は、通常、不確実性が高く、大きなリスクを伴うため、事業ポートフォリオを不断に見直し、必要な事業再編を行い、資金効率を高めていくことがこれまで以上に重要になっている」一方、日本企業においては「事業の合併・買収(M&A)に比べて事業の『切出し』に対しては消極的な企業も多く、必ずしも十分に行われていない状況となっている」。
  • 統計上も、事業の買収は増加傾向であるが、事業・子会社の売却は横ばいである(参考資料1)。
②事業の切出しの意義(1.1.2)
 事業切出しの経済的意義として、以下のように切り出す側だけでなく対象事業側でも利点があるとしている。
  • 「切り出す側(親会社)にとっては、経営資源の非効率な配分に対する株式市場の懸念を払しょくすることを通したコングロマリット・ディスカウント(複数の産業分野で活動する企業(多角化企業)が同じ産業で活動する専業企業に比べて市場から低く評価される傾向を指しており、多角化により企業価値の低下が生じていることを示唆するもの)の解消に加え、経営のフォーカスが強化されることとなる」
  • 「切出しの対象となる側にとっても、独立することで自らが「主役」となることによる従業員のモチベーションの向上や、独自の成長戦略を実現するために直接リソースを調達する道が拓かれる、あるいは、『ベストオーナー』の下に移ることでコア事業に位置づけられ成長投資が得られやすくなる」
③「日本企業において事業の切出しが進みにくい背景・要因」(1.1.3)
 事業の切出しが進みにくい背景・要因として、大要以下の点が指摘されている。
  • 企業としての規模の維持・拡大を前提とする経営者の意識
  • デット(債権者)ガバナンスの下、業態・業容の維持や多角化による規模拡大とリスク分散化が善とされていた時代から、経営者の意識が変革できていない
  • BS(貸借対照表)に基づく資本効率を重視する発想が希薄であり、「資本コスト」に対する意識が全体的に低い
  • OB(顧問・相談役等)が開始した事業や祖業から撤退することについて、現経営陣の OB に対する忖度が働いている
  • 事業再編の実行が経営者のインセンティブに結びついていない
  • 構造的な問題として、終身雇用(メンバーシップ型)を軸とした日本型雇用制度が、グローバル企業としての経営とは必ずしも整合しなくなっている
  • 実証研究においても、株式の持合いや銀行による株式保有が多い企業では事業再編が進んでいない一方、アクティブ機関投資家や社外取締役比率が高い企業では事業再編も中長期の R&D 投資も積極的に行う傾向が確認されており、モニタリングが十分に働いていないことが事業再編の阻害要因になっている(注7)
 特に下から2番目の点は、日本において「岩盤」とされ、見直しがタブーとされていた雇用慣行の問題に切り込んでおり、かつ、DXが進めば「業務(job)の標準化・可視化が進み、属人的な仕事の仕方が薄れ、日本企業における企業特殊的な人的資本の重要性が低下することにより、人材の流動性が増し、事業再編のコストの一つとなっていたものがなくなっていくことが見込まれる」と指摘している(注8)点が特徴的である。

(3)本指針案の主な対象企業

 本指針案の主な対象企業としては、上場企業のうち「多様な事業分野への展開を進め、多数の子会社を保有してグループ経営を行う大規模・多角化企業」というグループガイドラインの対象からさらに絞り込み、その中でも特に「市場や資金調達の面でグローバル化を図り、グローバル競争の中で持続的な成長を目指す企業」としている(1.3.2)。そのため、本指針案ではかなりハイレベルな議論が展開され、紹介されている取組事例はいずれもベストプラクティスと言えるものばかりであるため、本指針案で求められている事項は容易に実現できるものではないであろう。しかし、不採算事業が存在し、事業ポートフォリオの問題を抱えている上場企業は少なくないものと思われ、本指針案はそのような企業全般で参考にするべきものと言える。

(4)「ベストオーナー」という考え方

 本指針案では、グループガイドラインの考え方を継承し、切出しの対象となる事業(対象事業)を自社が「ベストオーナー」(当該事業の企業価値を中長期的に最大化することが期待される経営主体を指す。)かどうかという観点から判断し、「祖業やかつての本業も含めて聖域を設けずに、常に将来志向で」取り組むことが重要としている(1.3.3)。

4.第2章(経営陣における課題と対応の方向性)について

 本章は事業の切出しを決断し、実行する経営陣について触れたものであり、本指針案の中核とも言える。...

■筆者履歴

柴田 堅太郎(しばた けんたろう)
1998年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2006年ノースウエスタン大学ロースクール卒業。2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)、2007年ニューヨーク州弁護士登録。長島・大野・常松法律事務所を経て、2014年2月に柴田・鈴木・中田法律事務所を開設、現在に至る。M&A、ベンチャーファイナンス、コーポレートガバナンス、企業の支配権獲得紛争などのコーポレート案件を主な取扱分野とする。




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