【登場人物】
- サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太 - サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子 - サクラ電機株式会社 本社 品質統括部 部長
渡辺 隆一 - サクラ電機株式会社 本社 経理部 部長
松田 駿 - サクラ電機株式会社 本社 経理部 改革推進担当(木村の同期)
篠山 雄大
(前回までのあらすじ)
サクラ電機 本社経営企画部の次長である木村 遼太は、事業への権限委譲が進む一方で肥大化を続ける本社部門の改革を進めることになった。
事業本部の本社に対する意見をヒアリングした木村は、本社の各部門に対して自らの機能配置を検討するよう依頼を発信した。
これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。
部門との対峙
本社の各部門に対して、スリム化に向けた機能配置の検討を依頼してから約2週間後。木村たちは本社の会議室で、本社部門の1つである品質総括部と対峙していた。グループにおける製品の品質管理に関する統制を担う部門だ。機能配置の検討依頼に対して相談があるということで、品質統括部の部長である渡辺 隆一という人物から依頼があり、設定された会議だった。経営企画部からは木村と山本が、品質統括部からは渡辺とその配下のスタッフ数名が参加し、会議室の長机を挟んで向かい合うような形で座っている。会議室のスクリーンには、品質統括部が用意したプレゼンテーション資料が投影されている。
「大変忙しいところ、すみませんね」
渡辺がいかにも取り繕ったような笑顔を浮かべながら話を切り出した。
「経営企画部からのご依頼によると、我が部の機能スリム化を検討せよとのことですが、議論の前提として、我が部がどのような機能を担っているのか、しっかりと認識合わせさせて頂いたほうがよろしいかと思いまして、少しご説明をさせて頂きたいと思っています」
木村は相槌を打ちながら、相手の意図を見定めようとした。
渡辺がプレゼンテーション資料に基づいて、説明を進めていく。品質統括部の機能と要員の変遷、全社に対して発信しているガイドラインや制度、事業本部に対して提供しているサポートなどがつらつらと述べられていく。
彼らの手元には、木村たちが発信した機能配置の検討フォーマットとそのインストラクション資料が印刷されて置かれているが、検討フォーマットには特に何の内容も書かれていないように見える。
「このように、我が部は“ものづくり企業”としてのサクラ電機の品質に対する信頼の構築に向けて、様々な施策を打ってきました」
説明の結びに渡辺が付け加える。
「たしかに、本社機能をスリム化して効率化することは大変重要だと思います。ですが、我が部のグループに対する貢献に対しても、ぜひともご高配を頂きたいな、と思うところです」
渡辺がにこやかな顔で説明を締めた。
なるほど、と木村は思った。彼らは、自らの機能の重要性をオフラインで訴えることで、経営企画部からの依頼に対して「ゼロ回答」しようとしているのだ。言うなれば、現状から何も変えるつもりがないという、突き返しの宣言であった。
「一筋縄ではいかないな」
木村は心の中で思いながら、極力丁寧な態度で返答し始めた。
説明責任の所在
「ご説明ありがとうございます。品質統括部が担われてきた役割について、大変よく理解できました」
まずは相手への理解を示してから、木村は続ける。
「ところで、機能配置検討のお願いの際、併せて添付した事業本部からのご意見はご覧頂けましたでしょうか?」
渡辺をはじめ品質統括部の参加者の表情がさっと冷えていくのを木村は感じたが、できるだけひるまないように発言を続ける。
「当社はこれまで、様々な事業の多角化や海外展開を進めてきました。そのような中、一部の事業本部からは“グループ共通の品質管理ガイドラインやサポート機能が、自らの事業に合わない部分がある”という意見が挙がっています。つまり、各事業本部が顧客から求められる品質水準は、ビジネスモデルや地域・国によって多様化している。また、各事業本部には、権限を委譲して、スピード感のある事業執行を求めている。これらを踏まえると、全てを本社で集中的に統制・管理することが難しくなってきているのではないかという考え方もあるのではないかと思います」
木村が発言し終わると、渡辺は再び取り繕ったような笑顔を浮かべた。
「つまり、経営企画部は、品質管理については各事業本部にもっと任せていくべきだと?」
木村は答える。
「全てがそうだとは言いませんが、例えばそういった検討の余地はあるのではないかと」
渡辺の笑顔が更に無機質なものになる。
「なるほど。それが経営企画部からのご指示であるということであれば従うこともできます。しかし、もしそれで何らかの品質事故が起き、それが我が社の大きな損失につながったとき、その責任はとって頂けるのですか?」
木村は答えに詰まる。彼らは、本社機能のスリム化に対する説明責任をこちらに求め、こちらはそのリスクはとれないであろうと踏んでいる。今回の各部門への依頼は、かなり厳しい戦いを挑んでいることに木村は気づき始めた。
「今回の依頼は、各本社部門の皆さまに機能配置を改めて考えて頂きたいという趣旨にあり、グループに大きな損失をもたらすようなリスクを負えと指示するような意図はありません…」
木村は苦戦しながら説明と返答を続けた。機能配置を検討し、所定のフォーマットを提出してもらうことにはしたが、大きな変化を伴う回答は見込めない様相だった。
打ち合わせを終えて木村たちが会議室を出て、しばらく廊下を歩き始めると、先ほどの会議室から談笑の声が聞こえた。おそらく“祝勝”の笑い声だろう。木村は自らの進め方のまずさを後悔するとともに、相手の良いように押し込まれた悔しさにこぶしをぎゅっと握りしめながら経営企画部の居室へと戻った。
面従腹背の回答の中で
それから数日して、各本社部門からの機能配置の検討結果が徐々に集まり始めた。品質総括部との打ち合わせで予想していたが、やはり、どの部門からも大きな機能配置の見直しを伴うような回答はほとんどなかった。そもそも依頼したフォーマットで返答してこないケースも散見され、何らかの機能配置の見直し案を提出してきたケースでも「最低限これくらいやったことにしておけば、大きな文句は言われまい」という意図の透けて見える内容がほとんどであった。
「これってまずいですよね…」
回答を集計しながら、山本が不安な声をあげる。
「そうだな…。事業本部の意見があれば、少しは変革の意識が生まれるだろうという目論見だったが、甘かった。進め方を再考しないといけないな」
木村と山本が暗い気分になっていると、木村の下に1通のメールが入った。
木村くん
お久しぶりです。この前、経営企画部から依頼のあった本社部門の機能配置の見直しについてだけど、ちょっとどこかで意見交換できませんか? しのやま
メールの発信者は、篠山 雄大という木村の同期であった。経理部で部内の改革担当になっていると聞いていた。もしかすると、この状況を打開するための何らかのヒントをもらえるかも知れない。木村は一縷の望みをかけて、篠山からのメールにすぐ了承の旨を返信した。
同期との再会
「いやあ、久しぶりだな。前に会ったのはいつだろう、岡田さんの披露宴以来か?あれは楽しかったなあ」
篠山は、約束の時間に少し遅れて会議室に入ってきた。木村にとって友人でもあるその同期の男は、昔と変わらないあっけらかんとした笑顔だ。
他愛ない雑談を少しばかりしてから、篠山が笑いながら本題を切り出した。
「で、木村が進めている本社部門の機能再配置だけど、あれ上手くいってないだろ?」
率直な物言いも相変わらずだな、と思いながら木村は返答する。
「ああ、ここだけの話だが、正直言って、ほとんどの部門は全くと言っていいほど変わる意識がない感じだよ…」
篠山はからからと笑った。
「そうだよな。本社のオジサマがたには変わる必要性がないんだよな。そりゃ、彼らは10数年もすれば逃げ切れるからな。あと何十年も会社に残るこっちの身にもなってくれって感じだよ」
篠山はさらっと毒を吐いてから続けた。
「だけど、そんな中でうちの松田部長は結構改革派でさ。サクラ電機もグローバル企業と本気で伍していくためには、本社だってグローバル水準にならないといけないと息巻いているんだ。それで、俺が経営管理の高度化とかオペレーション効率化とか、そういった類の改革アジェンダを企画する担当に任命されたってわけ」
篠山は、短い癖毛を指でいじりながら話し続ける。考えながら話している証拠だ。
「それで、まずはグローバル企業の本社って何だろうっていうことを知らないといけないと思って、このところ色々とセミナーとか交流会に行ったんだよ。グローバル企業は、システムが世界で統合されていて、オペレーションも集約されているっていうんだから、うちとは全然違うよな」
たしかに、東南アジアでも聞いた話で、今は実際にそれを目指した改革を続けている。
「それで、色々と話を聞いていくうちに、グローバル企業然とした本社を目指すには、経理だけで考えていてもダメなんじゃないかと思えてきたんだ。ただ、俺は経理部の人間だろ?そうしたら、ちょうど木村が経営企画部から本社部門の機能配置を見直すなんて発信をしていたから、上手く平仄を合わせたら、お互いぐっと進むんじゃないかと思ったわけ」
木村は、それはこちらにとっても渡りに船だと思った。自分たちの進め方を見直さなければならないと考えていたところだ。
「篠山、ありがとう。ぜひ考えを聞かせてくれよ」
木村が答えると、篠山は「よしきた」とばかりにホワイトボードに図を書きなぐり始めた。
(次号へ続く)
■筆者プロフィール■
伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。