[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2019年4月号 294号

(2019/03/15)

第48回『社長訪印という千載一遇のチャンス』

神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】

三芝電器産業 株式会社
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (CEO)
狩井 卓郎
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (営業管理担当役員)
小里 陽一
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (生産管理担当役員)
伊達 伸行
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経営管理担当)
井上 淳二
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経理担当)
朝倉 俊造
佐世保電器 (三芝電器産業の系列販売店舗)
店主 
岩崎 健一
旗艦店の店長
古賀 一作

(会社、業界、登場人物ともに架空のものです)

(前回までのあらすじ)

 三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
 日本では考えられない様々な課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。外部の血も取り込みながらPMI=M&A後の経営改革は本格化し、改革の成果を通して、ローカル従業員の経営参画意識も徐々に高まってきた。
 一方で、日本側の事業部や本社は必ずしも当事者意識を有しておらず、駐在員に対して原理原則に基づいた形式的な要求ばかりを押し付けてきていた。そんな中、レッディ社CEOの狩井卓郎は単身帰国し、三芝電器産業社長に「レッディ社を買収した理由」を問いかけた。
 狩井の意図を汲み取った社長は、半年後のレッディ社訪問を約束するとともに、日本の関係部門長に対して自ら直接「レッディ社に対する確認」を実施し、日本側の当事者意識を激変させた。
 社長訪印が迫る中、朝倉をはじめ出向者はこの機会を逃さずにPMIの成果を最大化できるよう、アクセルを踏み込んだ。


ローカル優秀層への真のロイヤリティ

 朝倉が取り組んでいる早朝計算教室と日本語教室の話が終わった後も、伊達は席を立たず井上に話をつづけた。朝倉の話は、伊達の本題の前振りだったのだ。
 伊達はテーブルに腕を乗せ井上を真正面から見据えると、口を開いた。
 「朝倉の言っていた『優秀層へのロイヤリティ』を俺たちもようやく身をもって理解できてきた。もちろんBetter Workplace Projectの中で、研修などの人材育成の話が最初に出てきたときは正直面くらったよ。人材育成と職場環境というのが直結しなかったからだ。しかし『この会社は自分にどのような成長を与えてくれるのか』という視点で見れば、人材育成機会というものは、この会社で何が学べるかという重要な職場環境ということだ。それは作業台を設置したり、照明や空調などを改善するのと同じだ。ネットワークにつながったパソコンの台数を増やしたり、トイレの衛生環境を大幅に向上させるのと同じ意味を持つ。いや、むしろ優秀層にとっては、誰も彼もが一緒くたにされた中で職場インフラが改善していくよりも、意思を持って学ぶチャンスが与えられたり、手を挙げて選ばれる機会を得られるほうが、満足度向上やロイヤリティ向上につながっていくのだと思う」
 井上は黙って話を聞いた。伊達の言っていることに全く異論はないが、この後に聞かされるであろう話の本題がわからない中では、安易に同意する姿勢を見せることが憚られたためだ。

一挙両得の抜本的施策

 伊達は構わず続けた。
 「もちろん、日本と違ってここインドでの人材定着率は決して高くない。早朝計算教室や日本語教室で学んだワーカーの少なくない数が、レッディ社を去ってしまうかもしれない。しかしそれはそれで良いではないか。三芝電器産業はモノをつくる前にヒトをつくる。学びの機会を得た彼ら・彼女らが、人生を幸福にするチャンスを広げられるのであれば、それはそれで良しだ。別にMBAを取らせようとしているわけではない。事情によって四則演算さえも学ぶ機会が得られなかったワーカーに、その学びの機会をつくっているんだ。しかも強制的にではなく。個々人の自発的なやる気を引き出しながら実施している。これこそヒトづくりだと俺は思う。井上はそう思わないか?」
 伊達が井上の返答を待つべく黙ったので、井上はやむを得ず「そうだと思います」と短く答えた。
 すると伊達は嬉しそうな笑顔で一度大きく頷き、再び口を開いた。
 「そうか、やはり井上もそう思うか。実は、Better Workplace Projectの一環として、いや、目玉となる施策として取り組んでみたいことがあるんだ。ぜひ井上にも協力してもらいたくてな」
 井上はいよいよ本題が来たと身構えた。レッディ社の厳しい予算繰りの中で、間違いなく補正予算での支出を求めるような内容なのだろう。
 井上は表情を変えず黙っていると、伊達は続けた。

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