[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2018年9月号 287号

(2018/08/15)

第41回『PMIを取り巻く、いびつなヒエラルキー』

神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】

三芝電器産業 株式会社
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (CEO)
狩井 卓郎
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (営業管理担当役員)
小里 陽一
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (生産管理担当役員)
伊達 伸行
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経営管理担当)
井上 淳二
Reddy Electricals (照明・配線器具製造子会社) への出向者 (経理担当)
朝倉 俊造
佐世保電器 (三芝電器産業の系列販売店舗)
店主 
岩崎 健一
旗艦店の店長
古賀 一作

(会社、業界、登場人物ともに架空のものです)

(前回までのあらすじ)

 三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
 インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
 朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
 苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
 そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
 日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、新たな外部の血を取り込みながら、本格的なPMI=M&A後の経営改革の幕が切って落とされた。


社長と狩井のやり取り

 日本への緊急帰国を終え、インドに戻った狩井との合宿所での会話は夜更けまで続いていた。
 「狩井さん、社長と話されたのは『三芝電器の全社戦略におけるレッディ社買収の位置づけ』、『買収後1年半が経過した現時点の総括』、そして『今後想定されるシナリオ』の3つということですが、社長からはどんな反応があったのでしょうか」
 井上が尋ねると、狩井はいつも通りの穏やかな表情のままで答えた。
 「社長なりに気になったポイントについて、様々な質問を受けました。具体的な改革施策の内容、そこに至った背景などが中心です。概要レベルというよりも、施策の深さや巻き込む範囲、そして実現までの時間軸や具体的な実現課題など詳細な点について聞かれました」
 井上は頷きしばらく黙っていたが、再度尋ねた。
 「質問以外に、社長からのコメントはなかったのでしょうか。何らかの懸念やご意見などです。もっとこうすべきとか、もしくはこれは重要だから本社としても協力しようとか……、そういうコメントはなかったのでしょうか」
 狩井は表情を変えずすぐに答えた。

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