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[ポストM&A戦略]

2018年4月号 282号

(2018/03/15)

第112回 買収後の組織体制が流動的な段階でのオファー

 竹田 年朗(マーサー ジャパン グローバルM&Aコンサルティング パートナー)

  買収先の経営者のリテンションパッケージを設計し、本人にオファーするには、少なくともクロージング時点での組織体制が定まっている必要がある。組織体制によって、本人の役割、仕事の大きさ(ひいては報酬水準)、さらに今後の本人の雇用がどのくらい安定的なものか、少なからず見て取れるからである。もちろん、決まっていないことは「未定である」としか言いようがない。そして、本人をリテインしたい以上は、それがいつどのように決まるのか、買い手は誠意をもってコミュニケーションを取ることになる。しかし、そもそも重要事項がオファーの時に決まっていない、というのは、まずもって避けるべきことである。
  ところが、買い手の既存組織、特に数百人以上のしっかりした規模の事業会社がある国や地域で、同じくしっかりした規模の事業会社を買収する場合は、買収後の組織体制は、事業内容や買収目的などから誰の眼にも自明である場合を除き、大変に気を遣うテーマとなる。なぜかというと、既存事業会社と今回の買収先の事業会社が、どのように事業や組織を統合するか、あるいは逆にしないのかによって、買収先と既存事業会社の経営者の今後の雇用に少なからぬ影響があるからである。
  確かに「組織設計は事業最適で行い、また経営者人事は適所適材で行う」ものではあるのだが、組織内での感度(Sensitivity)が高いため、自ずと判断は慎重になり、時間もかかる。このため、買収先の経営者に報酬やリテンションパッケージのオファーを行わなければならない時に、買収後の組織体制がまだ伝えられない、ということも起こりうる。今回は、このような場合に、オファーのコミュニケーションをどのように組み立てることができるのか、考え方を整理したい。

なぜDay 1の組織体制の検討に時間がかかるケースがあるのか

  統合組織の「完成形」とそこに至るプロセスは、多面的かつ慎重に検討する必要がある。これには、しかるべき期間とエネルギーを要する。さらに、買収契約に合意はしても、クロージング前に買収先と買い手がどこまで情報を共有できるか、法的な問題がある。従って多くの場合、組織統合の正式な検討はクロージング後から、とならざるを得ない。
  このため、Day 1における組織は、最終形について異論がなく、かつそれがすぐ実現できる場合を除いて、「暫定組織」となる。すなわち、「当面これで行くのが最善なのでそうするが、事業最適の観点から再度検討し、遠からず組み替える予定である」ということである(「Day 1暫定組織」については、本連載第66回「経営者ガバナンスの仕切り直し(下)」参照)。
  しかし、暫定組織であっても、良く考えて決めないといけないことは多い。最終的な組織体制について本社がどのように考えているのか、関係者が暫定組織の姿から読み取ろうとするためである。
  特に、買い手の事業と今回の買収先の事業が果たして同じものなのか、似て非なるものなのかについては、真理を探究する側面と、経営判断の側面があり、結論はそれほど自明ではない。この結論を踏まえて最終的な統合の要否や方式が変わるのはもちろんである(事業の同一性判定のもたらすインパクトについては、本連載第89回「統合パターンの選択とリスク管理」参照)。
  また、「統合する」という結論はもはや変わらないにしても、具体的にどのような形態やモードで統合するのが最適なのか、上手いやり方を考え、それについて自信を持たないといけない。これも、そんなに簡単にできることではない。
  これの派生形として、既存事業の経営者と、今回の買収先の経営者のどちらの実力が上か、その判断に時間が必要なケースもある。事業規模や組織規模に大きな差があれば、多くの場合は自明である(通常は、大きい組織の経営者が格上)が、規模感にあまり大きな差がない場合は吟味が必要である。さらに、統合で規模が拡大すると、既存事業の経営者も今回の買収先の経営者も、どちらも力が足らない、という厄介なことも起こりうる(このような状況での経営層の人選については、本連載第79回「PMI再考:海外買収先のグループ統合(下)」参照)。
  また、統合が本筋とわかっていても、いまは統合を避けて、既存事業と今回の買収先の事業を分けておきたいこともある。既存事業に問題がある場合も、今回の買収先に問題がある場合もあるが、要するに、その問題がまだコントロールできていないのに、統合によってより大きな問題になってしまうのを避ける趣旨である。
  例えば、既存事業の経営者に対して本社から十分なコントロールや牽制が利いていない状態で、買収先の事業をその問題ある経営者に委ねることは、普通はやらない。むしろ、きちんと分離し、今回の買収先が既存事業から干渉を受けないようにする必要がある。
  もとより、この点の判断は買い手本社の専権事項であるが、コミュニケーション上、既存事業の経営者に仁義を切るなど、言い渡しを慎重に行いたい時もある。特に、買収検討時にうっかり既存事業のメンバーを巻き込んで情報を共有し、力を借りていたりすると、丁寧に巻き戻す必要があるし、分離の結論に納得せざるを得ない大義名分も考えなければならない。
  なお、このように買収先と既存事業を分離しておきたいケースには、経営者の問題に起因するものだけでなく、オペレーション、組織、そして労務の問題に端を発するものもある。
  以上述べてきたような状況では、時として、買収先経営者への報酬・リテンションのオファーの時に、クロージング後の組織体制が決まっていない(あるいは、内々には決まっているが、まだ言えない)ということが起こるのである。
  ちなみに、ここでいう組織体制とは、業務上の組織構造・指示命令系統(レポーティングライン)のことであって、法人間の資本関係のことではない。法人間の最適資本関係は、大きくは税務や法務の検討で決まると理解しているが、レポーティングラインはそれとは関係なく、事業運営の観点から最適に定めるものである。
  同様に、事業買収(アセットディール、カーブアウト)では、移ってくる買収先の従業員を買い手のどの法人(既設の法人、あるいは新設される法人)で受け入れるか、遅くともサイニング後早々に固めないことには、人事関連に限らずいろいろな作業・手続きがDay 1に間に合わなくなってしまう。しかし、その受け入れ法人の資本関係の話と、レポーティングラインの設計の話は、全くもって別物である。このため、受け入れ法人は無理にでも早々に決めざるを得ないが、レポーティングラインは熟慮を要するためになかなか決まらない、ということが起こりうる。

組織体制については具体的にどんなメッセージになるのか

  本稿では、現地に数百人以上のしっかりした規模で、すでに買い手の事業会社が存在していることを想定している。

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