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[【法務】Withコロナ時代のクロスボーダーM&Aの実務と新潮流(東京国際法律事務所)]

(2020/09/16)

<新連載>【第1回】 総論:日本企業によるクロスボーダーM&Aの実務の諸課題と新潮流

森 幹晴(東京国際法律事務所 代表パートナー 弁護士・NY州弁護士)

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 これまで多数の日本企業による欧米、アジアなどでのクロスボーダーM&A案件を支援する機会に恵まれたが、新型コロナ感染症は、日本企業のクロスボーダーM&Aの実務に大きな影響を及ぼすと予想される。今回、クロスボーダーM&Aの実務に携わる弁護士の視点から、「Withコロナ時代のクロスボーダーM&Aの実務と新潮流」というテーマで連載の機会を得た。実務の現場は、朝はアメリカ西海岸から、日中は日本企業のクライアントとアジアの国々、夕方には欧州と夜遅くにアメリカ東海岸からと、1日中メールが飛び交って、会議と電話/Zoom会議をはしごする日々である。どれ1つとして同じ案件はなく、常に新たな問題に直面しては頭をひねり、どう解決したら良いか、試行錯誤を繰り返している。今回から7回にわたり、クロスボーダーM&Aの最前線で泥臭く取り組んでいる課題と、「Withコロナ時代」の実務の新潮流について、事例を交えながら、私なりの工夫や洞察を含め私見を紹介したい。初回の今回は、総論として、クロスボーダーM&Aの実務で感じている骨太な諸課題について述べたいと思う。Withコロナ時代に焦点となる各論点やクロスボーダーM&Aの最新事例については、第2回以降で取り上げる予定である。企業でクロスボーダーM&Aに取り組む方々の参考になれば幸いである。

 ここ10数年の間で、多くの日本企業が成長戦略としてクロスボーダーM&Aを行うようになり、日本企業のM&Aの経験と遂行力は格段に高まったが、一方で課題も出てきている。時代の変化とともに、日本企業にとって、そもそものM&Aの捉え方(純粋に事業を買って事業規模を拡大するという側面から、投資効果を含むファイナンス的な視点の比重の増大)、ディールの仕組みの精緻化(法務面に限らず、のれんと減損リスクなどの会計面、税務戦略、知財戦略、その他事業に関係する分野も含めて様々)、PMIの課題の比重の増大、案件遂行の時間軸のスピード化、考慮すべきリスクの広がり、日本及び世界的なガバナンスの意識の持ち方の変化など、カバー領域が多分に拡大してきた。こうした状況で、企業にとってベストな結果を得ようとしたときに、社内のディールチームと外部のM&A専門家の協働は不可欠であり、外部専門家へ期待される役割も変化している。

 最近、日本企業の社内担当者としてクロスボーダーM&Aに携わる方と、M&Aの推進体制やプロセスの進め方、社内承認の取り方、外部専門家の起用法などの実務上の諸課題について、幅広く意見交換する機会を得た。そこでいただいた貴重な示唆を以下の4点にまとめた。

1. M&Aをプロセスで捉え、有機的につなげて取り扱うことの必要性

 M&Aのプロセスは、事前の企業価値(又は事業価値)の評価→LOI(Letter of Intent)の締結→DD(デューデリジェンス)の実施→DD調整項目(デッドライクアイテム)を踏まえた譲渡価格の算定→譲渡価格に反映されない取引条件についてSPA(Stock Purchase Agreement)の契約条件の交渉→表明保証保険の引受審査→クロージング→PMI(Post Merger Integration)と進展するのが一般的である。各プロセスは有機的一体のものとして捉える必要があり、プロセス毎に切り離して理解、運用してしまい、M&Aの「ゴール」(案件事に様々であるが、適切なバリュエーションに沿った買収の実行、当初の戦略に沿った買収後のPMIとシナジーの達成は共通項だろう。)を見据えて最初の段階から有機的一体のものとして捉えないことによるロス、リスクは相当大きいものとなる。しかも、後にいけばいくほど軌道修正はしにくくなり、現実には余程のことがない限り、途中で案件から離脱することも難しい判断となる。

 例えば、「払いすぎ(高値掴み)」で買収後に減損処理を余儀なくされる事例では、当初のバリュエーション段階で事業計画の実現性などストレッチの原因があると疑われるケースは少なくない。その他、買収後に対象会社で重大な問題が発生した事例では、DD段階での見落としがあったと思われるケースも見受けられる。また、対象会社の「買収後の経営」に苦労したり、買収前に想定した「シナジー」を買収後に実現できない事例では、買収後のPMIやガバナンスを見据えたDDや契約交渉段階での検討が不十分だった可能性がある。M&Aを「ゴール」から逆算して、案件の初期段階から持っておくべきスタンス、方針、プロセスについて十分な洞察を持って、それを実行していくことが重要である。

2. 誤った“プロフェッショナル”の事例紹介

 企業の担当者の話に耳を傾けると、外部専門家による誤ったリード、サポート事例についての不満の声が少なくない。その中から、M&A業界の健全な発展を願う立場で、重要と思われる指摘を紹介したい。例えば、クロスボーダーM&A案件では、日本企業が現地弁護士を直接起用するケースが見られるが、意図的ではないにしろ、現地弁護士が日本企業によるM&Aの狙いについて理解が十分でなく、案件の全体感に比べて、必要性の低いと思われる論点について長々と検討を行ったり、リスクを過度に指摘するがその重要度を評価しきれず振り回されてしまったという声を聞くことが少なくない。その結果、予算を大幅に超える請求書が届いて頭を抱えるとダブルパンチである。

 専門家としては熱心に仕事をこなした結果だとしても、企業のマネジメントやプロジェクトをリードする企画部門や事業部門の課題認識は、もう少し大きくかつ広いのではないかと感じている。彼らが知りたいのは、取締役の善管注意義務の視点から問題がないか、買収による経営戦略の実現が可能か、企業価値(あるいは事業価値)に影響があるか、という意思決定に直結する問題であると思う。DDで検出されたリスク項目や契約条件(表明保証、前提条件、補償、表明保証保険など)の交渉においては、ついテクニカルな部分にこだわりが出そうになることもあるが、その問題が経営上の意思決定や企業価値(あるいは事業価値)にどう影響するかを踏まえることが重要である。全て最後に何を得るのか(M&Aの「ゴール」に結びついているか)、またそのために途中のプロセスはどうあるべきなのかということと連動しているので、最初の段階で、社内の関係部門と外部専門家との間で「ゴール」とリスク評価の粒度感についてベクトルをあわせておくことが重要だと感じる。

3. M&Aのガバナンス視点とマネジメントによる意思決定との関係での留意点

 M&Aは取締役会の議題の中でも盛り上がるテーマである。最近は、外部専門家や知見のある経営者が社外取締役などに就任する企業が増え、M&Aをリードするマネジメントや関係部門から独立した視点からの牽制が入るのは、ガバナンスの視点からは望ましいといえる。その一方で、社内のディールチームや管理部門にとって、企業戦略としてのM&Aの推進に向けて取締役会の承認を得る上で、株主など企業のステークホルダーの利益を守るガバナンス視点で取締役などに伝えるべき内容のスクリーニングや絞り込み、社外取締役などを含め取締役会での意思決定を得るプロセスにあたってどのような点に留意すべきか(事前説明の機会を設けるべきか、社外取締役などからの指摘にどう回答するかなど)、という点は難易度が増していると感じる。

 「そもそも論」として、日本の裁判例では、M&Aのような経営戦略に属する判断は「経営判断の原則」によって、取締役に広い裁量が認められている。事前の十分な情報収集と分析(DD、バリュエーションなど)、意思決定の過程と内容が合理的であれば、取締役の善管注意義務は充足される。こうした視点から、十分な事前の調査(DD、バリュエーションなど)が行われたか、調査不足はないか、ディールキラーとなる致命的な問題点の有無、企業価値(あるいは事業価値)に影響する要因、譲渡価格に反映されていないDD調整項目の処理(SPAでの表明保証、補償など)、PMIで対応すべき項目など、ポイントを適切に総括して説明をすることが求められる。つい取引の細部に目がいって、個別の交渉上の内容を過度に強調して説明してしまったり、テクニカルな論点にこだわってしまうと、案件に直接関与しない社外取締役などには全体感が伝わらず、意図せずミスリードして取引の細部に議論が偏ってしまう結果となる可能性があるので注意したい。

4. 諸外国のM&Aの背景にある状況、実務の傾向

 M&Aは相手がある取引なので、こちらの利益や譲れない条件だけでなく、相手の利益、譲れないポイントを理解して交渉に臨むことが重要である。また、取引条件は現地の実務や商慣習の影響を受けるので、現地のM&Aの背景にある考え方や実務の傾向に対する理解が前提となる。これがわかっていると交渉のポイントも絞り込めるし、無用な交渉の綱引きも省略できる。しかし、現地弁護士は現地法の専門家ではあるが、クロスボーダーM&Aの専門家ではないため、日本企業の視点から見た現地法制や実務との差異について助言をするという視点を持たないことが少なくない。この点は、日本企業が現地弁護士を起用する場合には留意をしなければならないポイントの1つであると感じる。

 例えば、実務でよく直面するのが、米国型と欧州型(とアジア)におけるM&Aの実務の差異である。欧米と一括りにするが、実は米国型と欧州型とでM&A契約の構造は大きく異なる。一般的に、米国型では買主に有利な契約構造となっているのに対し、欧州型では売主に有利な構造となっている。例えば、譲渡価格のクロージング後調整の有無やMAC(Material Adverse Change)条項(対象会社の事業などに「重大な悪影響〈Material Adverse Change〉」を及ぼす事由が発生した場合に、買収者が取引から撤退することを認める条項)は、米国型では一般的であるが、欧州型では少数派である。また表明保証条項は米国型では網羅的であるのに対し、欧州型では限定的である。さらに、アジアなど欧米以外の国・地域は米国型と欧州型の影響を受けつつ、独自の発展を遂げている。どの国・地域のM&Aを行うかによって契約構造や契約条件の相場感が異なるため、各国・地域の特性を理解しておくことが重要である。現地の弁護士は現地の実務を当然の前提ととらえているため、この視点を欠くことが多い。日本企業が海外でM&Aをするときに、日本と現地との取引条件の実務の違いを意識した助言をできるアドバイザーを起用することは極めて重要である。

 以上のような実務の諸問題について頭をめぐらせ、M&A案件で法務部門の担当者と仕事をして感じるのは、法務部門が、社内でディールをリードするマネジメントや企画部門、事業部門の持つ課題認識を把握し、法務リスクの視点からそれを因数分解してリスク項目を洗い出し、解決策を取りうるリスクか否かの評価を行い、社内で責任を負う任務の重さである。対外的な案件のディールマネジメントや相手方との契約交渉は外部弁護士が代替できても、上記任務を外部弁護士が代替することは出来ない。外部弁護士としては、法務部門の担当者が本旨ともいえる上記任務に集中できるよう、いかに支援できるかが重要であると感じている。

 法務に求められる役割の本質は、次の2点に行き着く。①事業上の意思決定をするための(法的分野に関わる)判断基準をわかりやすく提示すること(A案を採ると事業上このような影響が見込まれる、B案を採ると~)、②事業上の課題を解決するための(法的分野に関わる)具体策をタイムリーかつ柔軟に提示し、純粋な法的手続をスピーディにクリアすることである。これは企業の法務部の方から伺ったお話で、私もそのとおりだと思う。クロスボーダーM&Aは、複数の法域にまたがり、また関係者が多く国籍も違うため、合意形成の難しい分野であり、上記①、②の課題を短いタイムラインで処理しなければならない極めて高度で複雑な分野である。その中で上記2点にぶれることなく応えていく必要がある。

 こうした新時代の要請に応えるには、従来型の受動的な士業型弁護士スタイルではなく、企業のビジネスニーズを感度よく理解し、プロセスのダイナミズムに柔軟に対応して、グローバルな視座と大局的な視点から、プロジェクト遂行にあたっての問題点を発見し、現実的なソリューションを提供するプロアクティブなスタイルが求められていると感じる。時代の一歩先を意識して予測し、精進の日々である。

 第2回以降の各論では、Withコロナ時代に焦点となる各論点やクロスボーダーM&Aの最新実務を中心に、各回、できるだけ具体的なケースをもとに解説する予定である。

東京国際法律事務所

■筆者略歴

森 幹晴(もり・みきはる)

2002年東京大学法学部卒業。長島・大野・常松法律事務所。2011年コロンビア大学法学修士課程修了。2011-2012年Shearman & Sterling(ニューヨーク)。2016年日比谷中田法律事務所。2019年東京国際法律事務所開設。

日本企業による海外M&A・国内M&A、国際仲裁等に注力。ALB Japan Law Awards 2020において、Dealmaker of the Year、Managing Partner of the Yearの各カテゴリーにおいてファイナリストとして選出。


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