[書評]

2006年2月号 136号

(2006/01/15)

BOOK『グローバリーゼーションの倫理学』

ピーター・シンガー著 山内友三郎/樫則章監訳 昭和堂 2300円(本体)

グローバリーゼーションの倫理学

 毎日のようにグローバリゼーションという言葉を目や耳にする。何となく分かった気になり、私も口にしたり、書いたりもする。しかし、その本当の意味や人間の生き方とどんな関係があるのか、といったことは考えてもみなかった。
 グローバリゼーションとは、国家の壁がなくなり地球が1つの世界になることをいう。
地球共同体化とでも訳せばいいのか。経済、環境、平和・安全などあらゆる面で、人間は地球という一つの単位に結び付けられている。貿易や投資は、国家間の障壁がない1つの世界経済に向かって進む。あるところで排出する温暖化ガスが大気に影響をもたらし、地球全体の気候を狂わす。はるか遠くの彼方からやってくるテロがすさまじい破壊力を示す。
 このように我々が今、直面する問題は、複雑に絡み合っていて、従来の国家主権を前提とした枠組みでは解決できなくなっている。我々の倫理的思考の基本単位を、地球という1つの世界にし、国家主権も制限していかなければならないとういのが著者の主張である。
 インターナショナルという言葉と比べてみるとよく分かる。国際的と訳されるが、これは国家主権を前提に国家と国家の結びつきを強めるための言葉だ。しかし、グローバルは、国家の概念を超えたものであり、脱国家の視点から発想するための思考の道具となる。
 国家主権の概念は、17世紀の欧州で生まれ、これまで政治学、法哲学、倫理なども国家主権を前提に論じられ、国際的な組織もそれを基につくられてきた。この全体を見直すためには、大変な労力と時間がかかる。まず、人間の生きる道を示す倫理学をグローバルな倫理学に転換することから始めることを提唱する。
 しかし、簡単ではない。著者は、米国で9.11テロの犠牲者には寄付が殺到したのに、貧しい国の子どもの命を救うために活動しているユニセフには寄付が集まらない例を挙げる。
人間の命は平等なのに私たちは自分の仲間を優先する。親子の絆の強さ、人は特定の他者に愛着を持たずには幸福な人生を送ることは出来ないことを肯定しながらも、我々は遠い国に住む見知らぬ人々を助ける義務もあると言う。そう言われても、現実は難しいというのが正直な実感であるが、心の片隅にこういう倫理的基盤をもちたいと思う。
 経済面ではWTOなどが、グローバル経済を統制する機能を不十分ながら果たしている。M&Aの世界でも、会計基準の統一が進む。唯一の超大国となったアメリカの身勝手さや一部の巨大企業の利益が優先されないようグローバルな倫理学や正義論の観点から見ていく必要性を感じる。仕事の合間にこのような本を通じて、我々が今、どのような世界に生きているのかを考えてみるのもよい。(青)
 

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