[書評]

2006年9月号 143号

(2006/08/15)

BOOK『ヨーロピアン・ドリーム』

ジェレミー・リフキン著、柴田裕之訳 NHK出版 2,800円(本体)

ヨーロピアン・ドリーム
世界は今、グローバル化の歩みを速める。インターネットで瞬時に世界のどこともつながる。と同時に、新しい脅威も生まれている。宗教的テロリズムの拡散、温暖化による気候変動、生物の多様性の消失など、人類の生存の危機も強まる。時間と空間の概念が一変する中、この地球に生きる65億人が希望をもって生きていくためには、人類が一丸となって新しい社会の原理をつくらなければならない、というのがこの本の問題意識であり、EUの取り組みにそのヒントがあるというのである。
著者は、著名な米国の文明評論家である。両親からアメリカン・スピリッツを教えられてきた。「アメリカでは、自分がしようと思うことは何でもできるし、なろうと思うものには何でもなれるのよ」と母はいい、「明日はどんなすばらしいことが待ちうけているか」と思いながらベッドに入ったという。
米国人はこうしてアメリカン・ドリームを追う。経済的・物質的成功が、この世に生を受けた者の使命となる。自己の運命は自分の責任で切り開く。個人は勤勉さ、篤い宗教心、不断の向上心をもち、国家は財産を得る自由を保障する。このドリームを実現する場として市場経済が至上のものとされる。著者は今でも、個人の卓越さ、責任感が重んじられるアメリカン・ドリームに愛着を持つといいつつも、今やこのモデルは輝きを失ったという。資源の浪費や富の格差の拡大といった負の面が大きくなり、米国は大多数の人間にとって不運の国になった。何よりも、このドリームは、個人主義の成功物語であり、他者との連帯や共感が大切になるグローバル時代に相応しくないというのである。
これに代わるものとしてEUに注目する。平和的共存、持続的発展、生活の質、文化の多様性、普遍的人権、信頼と相互依存を大切にする。民族国家の主権という歴史の遺物を捨て、未来に目を向ける。グローバル時代における人間社会の再構築に取り組んでいて、彼らが描くヨーロピアン・ドリームの方が輝きを増しているというのである。
欧州も米国も、ともに近代国家として発展してきた。近代国家の原理は、啓蒙主義や近代科学に基礎がある。自然は有用な資源で、人間が支配する。労働を通じて自然を活用し、個人は富を得、国は経済発展をする。米国は広大なフロンティアがあり、この原理が純粋に花開いた。しかし、地球がグローバル化し、人類が生きる社会のパラダイムが大きく変わった今も、それを頑なに守り抜こうとしている。これに対し、近代国家発祥の地であるヨーロッパはその限界をいち早く悟り、福祉国家の概念などで修正を図ってきた。何度かの戦争の経験も教訓に、EUの結成へ至った。
市場経済の考え方、温暖化や平和への取り組みに、米国と欧州の違いが浮き出る場面が多い。今後、ますます隔たりは大きくなるだろう。それだけに、欧米とひと括りにするのでなく、根底にある違いを知っておくことが大切だと思う。日本やアジアにすむ我々にも多くの示唆を与えてくれる。歴史や文明史の読み物としての面白さも抜群である。(青)

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