[視点]

2020年7月号 309号

(2020/06/15)

事業ポートフォリオと経営キャパシティ

~スピンオフはなぜ企業価値を創造し得るか

田村 俊夫(一橋大学 大学院経営管理研究科 教授)
  • A,B,EXコース
はじめに

 現在、筆者も委員を務める経済産業省の「事業再編研究会」において、事業売却やスピンオフ等の事業の切り出しを含めた事業ポートフォリオの再編を促進する「事業再編実務指針」の取りまとめが進められている。事業ポートフォリオの再編には、M&Aによる買収等の「足し算」の側面と、売却やスピンオフ等の「引き算」の側面がある。買収による価値創造の源泉は「シナジー」であるが、売却やスピンオフ、特にシナジーバイヤーからのプレミアム還元のないスピンオフはなぜ企業価値を創造し得るのだろうか。本稿では、このような問題意識に基づく筆者の最近の研究の一端をご紹介したい(注1)。なお本稿の内容は私見であり、筆者の所属する組織や研究会の見解を示すものではない。

企業の境界の理論

 売却やスピンオフの価値創造効果を考察する出発点となるのは、ロナルド・コースが1937年に著した論文「企業の本質」(注2)に始まる「企業の境界の理論」である。コースは「そもそもなぜ企業は存在するのか」という斬新な問いを立てた。当時の正統経済学では資源配分は市場によって調整されるのが最も効率的と考えられており、企業の存在が説明できない。コースは、企業が存在する理由を「市場取引コスト」の存在に求めた。これは、価格情報を収集し、交渉を行い、契約を締結するコスト等を含んでいる。特に、関係が長期的で将来の不確実性が大きい場合には、将来起こりうる様々な状況を予め想定して長期契約に落とし込むコストは甚大である。このように市場取引コストが大きい場合には、企業内部の指揮命令系統によって取引を調整した方がコストは削減される。買収によるシナジーも市場取引コストの削減と密接に関係している。なぜならば、市場取引コストが存在しなければ、買収により経営資源を社内に取り込まなくても、契約関係や戦略的提携により経営資源をリンクする便益を享受できるはずだからである。
 しかし、指揮命令系統が市場取引コストを削減できるのであれば、

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