[書評]

2009年7月号 177号

(2009/06/15)

BOOK『マンキュー入門経済学』

N・グレゴリー・マンキュー著 足立英之、石川城太、小川英治、地主敏樹、中馬宏之、柳川隆訳 東洋経済新報社3200円(本体)

マンキュー入門経済学昔、大学1年の時、経済学の授業を受けたことがある。高名な学者の講義だった。しかし、数式が幾つも出てくる教科書のためついていけず、自分は経済には向いていないのだ、とトラウマのようなものが残った。しかし、世の中のことを知るには経済学の理解は欠かせない。手ごろな本がないかと探していたところ、やっと出会ったのが本書である。著者はハーバード大学の教授で、大統領経済諮問委員会委員長なども歴任している。著者のミクロ経済学とマクロ経済学の両書から初心者向けに大事な12章だけを抜き出したものだ。

著者によると、経済学とは社会が保有する希少な資源をいかに管理するかを研究する学問である。資源の配分には無数の家計や企業が関係する。経済学者は人々がどのように選択し、お互いに影響しあっているかを解き明かそうとする。経済学を学べば、自分が生きる世界の出来事について新しい視野と深い理解力を獲得できる。学生への序文に経済学を学ぶだけで金持ちになれるわけではないが、そうなるのを手助けする道具のいくつかを身につけることができるとある。もう遅いかもしれないが、読み進めないわけにはいかない。

経済学の10大原理なるものが提示される。「人々はトレードオフに直面している」「あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である(機会費用の考え方)」「合理的な人々は限界的な部分で考える」「交易(取引)はすべての人々をより豊かにする」「通常、市場は経済活動を組織する良策である」などだ。スミスからケインズ、フリードマンまでの経済学の成果がこのエッセンスに集約されている。数式はない。アインシュタインによると、「すべての科学は日常の考え方を洗練したものにすぎない」のだそうだ。

機会費用の考え方とは何か。ある行動を選択するとき、合理的人間であれば、費用と便益を比較し、プラスになればその行動を選択する。しかし、その費用は往々にして不明確である。それで、あるものを得るために放棄したものの価値を機会費用とみて便益と比較するのである。大学を中退してプロのスポーツ選手になれば、何億も稼ぐことのできる学生の大学在学の機会費用は極めて高いことになる。貿易の意義を説明する比較優位の原理も機会費用の考え方に基づくことも分かる。では、限界的な考え方とは何か。限界とは「端」の意味だ。合理的な人々は連続した流れの中で追加的な1単位に切って、限界的便益と限界的費用を比較する。こうして既存の行動計画を微調整していくことが大切なのだという。

空席がある航空機が出発直前にディスカウントした価格(限界的便益)で乗客を乗せても、余分にかかるのは機内食の費用(限界的費用)程度で、価格がそれを上回っている限り合理的な選択になる。こんな例で経済学者の考え方が易しく紹介されている。温暖化問題の解決策としてCO2の排出枠取引が注目されるように身近な問題に経済的アプローチが採用される場面は増える。経済学の常識は現代を生きるうえで欠かせなくなるのだろう。

言葉を知っているが、正確な定義や使い方は知らない。今さら人に聞くのは恥ずかしい。そんなとき、格好の手引きになる。一流の学者が「退屈させないこと」をモットーに書いたというだけあって経済学の醍醐味を味わいながら頁を繰れる。米国にノーベル経済学賞の受賞者が多いのは、こうした良質な入門書が多いからではないかと思った。(青)
 

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