[書評]

2010年9月号 191号

(2010/09/15)

BOOK 『企業会計とディスクロージャー〔第4 版〕』

斎藤静樹著 東京大学出版会 3,600円(本体)

日本でも包括利益の開示が行われるようになるとか、海外で株式の時価評価のルールが揺れ動くとか、会計の話題は尽きない。ハウツーものの知識の補充では、とても追いついていけない。基礎から会計のことを学び直したいと思っていたら教科書として定評ある本書の改訂版が出された。早速、挑戦した。
本書の前身のタイトルは『企業会計:利益の測定と開示』だった。企業会計の目的が利益の測定と開示であることを端的に示している。この目的を達成するため、近代会計学で様々な概念や原則が築き上げられてきた。実現基準の原則もそうだ。利益を、将来、期待される成果(期待価値)で評価するのでなく、期待された成果がどこまで実現したかで測定するのである。実現したキャッシュフローは、いずれかの期間の収益や費用に配分され、収益と費用の差額がその期の利益になる。この期間配分が会計学の一番の特徴なのだ。会計の利益情報は観察できるキャッシュフローを並べかえた抽象的概念であると著者はいう。
半面、この点が弱点にもなる。期間配分されるキャッシュフローは、資産性や負債性の疑わしいストックとなって貸借対照表に現れたり、その操作を通じて、株主の利害に反した業績指標を作り出す余地を経営者に与えたりするのだ。にもかかわらず、開示の制度は、測定した会計情報を経営者に自己開示させる仕組みになっている。未加工のキャッシュフローでなく、測定した利益情報に価値があるとみる。これにより経営者の意図や見通しが市場に伝わる。経営者の持つ優位な情報の自己申告、経営者の判断が重要なのだ。これが投資家の企業評価に役立つとともに、企業側にとっても投資家の保守的なリスク評価を避け、資本コストを下げることになる。ここにディスクロージャー制度の意義がある。
この利益測定のルールが会計基準である。しょせん、社会の約束ごとでしかなく、決め方も理論の合理性だけでなく、実務の便宜や政治的な妥協の産物でもある。時空間を超越した正しい基準があるわけでなく、決まった方向に向かって発展しているわけでもない。
時価会計やIFRSをめぐる最近の動きもこの文脈で理解できる。元々、会計思想には、2つの流れがある。純財産増加思考(資産・負債アプローチ)と費用配分思考(収益・費用アプローチ)である。近代的会計制度が確立した1920?0年代の米国で、利益情報の有用性が強調され、前者から後者へ重点移行された。逆に80年代の金融危機以降、前者に重点が移り、金融商品の時価会計の適用が拡大し、資産や負債の認識と測定から直接計算される包括利益が採用されてきている。「初版はしがき」で「国際的な流れは、実現利益の概念を離れて時価評価……を拡張する方向に振れつつある」とあるが、この10年でこの流れは加速した。それもあって、4版では、補章を設け、より詳しく説明されている。80年代からの資産・負債アプローチへの回帰は、資産性・負債性の疑わしい繰延項目などにどう対処するのかが課題だったが、それが独り歩きをし、自己目的化し、今後、利益性の疑わしい利益情報を生み出すことになったのでは意味がない、と警鐘を鳴らす。
コアとなる概念や理論が体系的に頭に入り易いのが本書の特徴でもある。会計基準を説明する第1部の各章は10節に細分され、1節は3パラグラフ、1パラグラフは8行に統一されている。形式美、リズム感の中に「知」が盛り込まれている。改定版の全面的な書き換え後も維持されている。大変な作業だったのではないかと推測している。(青)

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