[書評]

2011年9月号 203号

(2011/08/15)

今月の一冊『会社法要説』

落合 誠一 著 有斐閣/2000円(本体)

会社法要説長年、東京大学で教壇に立った会社法学者が、会社法の基本的な要点を分かり易くまとめた。個人企業を例に、登場する人物を取り上げ、会社で生じる利害状況を説明するなど工夫もされている。初心者には複雑な会社法の全体像を理解するのに大変役立つ。ただ、著者の米国流会社観が色濃く出ているのが特徴だ。

著者は会社の社会的な存在意義は、新たな富の創出にあるとする。しかし、富の創出だからといって効率性だけを追い求めればよいのではない。社会的存在として永続的に発展するためには公正性も必要だ。会社法ルールの目標はこの2つの要請の確保にあり、その法体系が会社法だという。

富の創出に向けて多数の者が関与する。株主(所有者)、債権者、従業員らだ。所有と経営が分離してくると、経営者も登場する。法人格のベールをはがせば、こうしたステークホルダー(SH)が自己利益の実現を目指して行動する場が会社の実体である。経営者には、こうしたSH間の利害調整が求められる。
例えば、会社の業績が悪化し、工場閉鎖や人員整理の場面になると、会社の意思決定をめぐって株主と従業員の間で深刻な利害対立が発生する。

経営者はいかなる決定をすべきか。SH間の利益衝突の際の優先順位は何か。会社法に明文の規定はなく、従来の学説も明確にしてこなかった。著者は会社法5条(商行為)の解釈や会社の営利性から、経営者の行為規範として株主利益最大化原則を導き出し、経営者は株主の利益を最優先させる決定をしなければならないと明言する。株主は、SHの中で、最後に残った利益に与る者であり、そうした株主の長期的利益を優先させることが、富の最大化の実現に資するということが根拠となる。
この原則に即して経営していれば善管注意義務を果たしたことになり、経営責任を問われることはないとする。株主以外の従業員らの利益も考慮して経営決定すべきだとするSH論もある。
しかし、これだと、対立がのっぴきならない状況の場合、明確な行為指針にならない。これが法規範としてのSH論の最大の欠陥だとする。

従来、この利益調整の問題は、「会社はだれのものか」といったテーマで議論されてきた。コーポレート・ガバナンス論である。経済学者や経営学者らも議論に加わり、百家争鳴の感がある。従業員主権、即ち株主より従業員の利益を優先するのが日本型経営といわれてきた。あるいはメーン銀行による状態依存的ガバナンス論なども展開されてきた。著者は、そもそもこの問題は、事実がどうかという認識のレベルの問題とは違うというのだ。法規範としてどうあるべきか、当為のレベルから考えなければならないとする。そこから法規範としての株主利益最大化原則を導く。

著者は、コーポレート・ガバナンスは、経営管理組織・機構の問題とする。所有と経営が分離する上場会社などでは、機構は分化し、株主と経営者の間にエージェンシー問題が生じる。経営者が株主の利益に反する経営決定をするリスクがある。経営者のこうした行動を抑制する仕組み、経営者が株主の利益に合致するよう行動を仕向けるルールが会社法には必要になるといい、株主利益最大化原則の観点から、会社法の規定に盛り込まれたコーポレート・ガバナンスの制度や考え方が説明されている。ただし、会社法の基本構造をどう理解するかは、学問的に大きな問題であり、必ずしも収斂していないという。自らの株主利益最大化原則の説明についても、「あまりにも株主利益に偏重するものと考える人がいるかもしれない」と断っている。

確かに、こんな疑問も浮かぶ。日本企業が利益を生み出す力が弱まる中で、株主利益最大化を押し出すと、ますます非正規雇用などが増加するのではないか。法の解釈で、こうした根本原理を導き出せるのだろうか。もし、今、会社法に新たに「経営者の使命は株主利益最大化を求めることとする」と明文を盛り込むとすれば、大議論を呼ぶのではないか。そうは思いながらも、学者が自己の一貫した論理と理念で、会社法という一大法体系を見事に描き切ったものとして、類書にはない魅力がある。
(川端久雄)

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