[書評]

2011年10月号 204号

(2011/09/15)

今月の一冊『グッドウィルで380億円を稼いだ男!?』

鬼頭 和孝 編著 リーダーズノート/1600円(本体)

グッドウィルで 380億円を稼いだ男!?5年前、人材派遣最大手のクリスタル(当時)がグッドウィル・グループ(GWG。当時)に883億円で買収された。小が大を飲み込む買収だった。ファンドが介在し、スキームも複雑で、売り手のクリスタル創業者は、買い手がGWGであることを知らされていなかった。

その後、この買収を事実上仲介したのが投資会社を経営する公認会計士の中沢秀夫で、中沢らは383億円もの利益を得ていたことが明らかになる。法人税を脱税 したまま海外へ逃亡し、やがて逮捕、起訴される。タイトルにある男とは中沢のことだ。当時、中沢の名前はどこにも出ていない。中沢と共謀したとして起訴さ れたのが本書の編著者である。クリスタル株取引に直接は関与していないが、取引終了直後に中沢の投資会社の経営に携わるようになり、中沢から買収の経緯を 聞かされていた。裁判の資料なども盛り込まれていて、ファンドを使った買収劇の実態が生々しく再現されている。

経緯はこうだ。健康上の理由などもあり、創業者は一代で築いたクリスタルの売却を決め、経営コンサルタントに相談する。従業員らの動揺が起きないようデュー・ディリジェンスはやらず、買い手が同業他社でないことが条件だ。経営コンサルタントからこの話を聞いた中沢は密かにGWGに持ち込む。クリスタルの買収を悲願としていた同社にとって渡りに船だ。しかも、想定していたより格安で買えるとあって直ちに了承する。創業者が中沢に示した売却条件は全保有株式(90.92%)を500億円で買い取ること。中沢は500億円のことは伏せ、約67%を883億円でGWGが購入することで話をまとめる。

買い手がGWGであることを創業者に隠すためのスキームが必要になる。中沢にとってはお手の物だ。ファンドを絡ませる。
中沢側傘下のAファンドがまず創業者からクリスタル株90.92%を買い取る契約を結ぶ。その2日後にGWGは自社傘下のBファンドを通じ、883億円をAに出資する。Aの出資総額(想定)の74.45%に相当する額で、GWGはAを傘下に置くとともにAが保有したクリスタルの67%を取得することになる。同日、Aは883億円の出資金をもとに、500億円の決済をする。こうしてAには差額の383億円とクリスタルの残余株23.9%が残る。

その後、BはAから脱退して解散し、GWGがクリスタル株の分配を受ける。Aも組合員の脱退や解散で、現金やクリスタル株は中沢側の投資会社と仲介に関与した二人の間で山分けされる。実名でのやりとりが供述調書などから再現されている。しかも、検察側の書面で、株取得の経緯や分配の状況が当事者や日付を特定しながら詳細に示されている。ファンドの仕組みの生きた教材だ。

創業者が相談してから売却が完了するまで、2006年10月のわずか1カ月足らずの間の出来事だったことも分かる。383億円の儲けは濡れ手に粟である。こんなM&Aの仲介もあるのかと驚く。編著者もこう書く。「誰しもこんなに簡単にお金が儲かるはずがないと思うだろう。しかし、現実は、このとおりで、……間に入って、中澤がうまいこと仲介しただけのことだった」。当時、
「GWGを欺き380億円、買収仲介で中抜き」といった報道もあった。しかし、編著者が言うように、「できる限り安く仕入れてできる限り高く売り、できる限り多くの利鞘を得る、というのがビジネスの一つの基本」であり、「M&Aは証券の世界で手数料の自由度が残された数少ない分野」ではある。しかし、こんな手法が跋扈すると規制強化の口実にもされよう。

中沢は、自分の取り分の180億円の一部を経営不振の上場企業の経営権を取るためなどに使った。その詳細も描かれている。転落したベンチャーの旗手、暴力団関係者、政治家、フィクサーらが登場する。中沢が得た資金の大半も消え、揚句の果て、架空取引で損失を計上するなどして、脱税し、刑事責任を問われることになる。悪銭、身につかずである。一方、GWGも上場廃止になっている。非常識なM&Aの宴の後の情景は無残だ。

2000年代、日本であったM&Aの負の記録として一読の価値がある。(敬称略)             (川端久雄)

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