[書評]

2012年3月号 209号

(2012/02/14)

今月の一冊 『英国M&A法制における株主保護 --史的展開の考察を中心に--』

冨永 千里 著 信山社/9800円(本体)

『英国M&A法制における株主保護 ││史的展開の考察を中心に││』 冨永 千里 著 信山社/9800円(本体)米国と比べ、英国のM&A法制に関しての体系的な研究書はこれまで余りなかった。本書はその点で待望の書である。英国法からの示唆を基に日本のM&A法制の進むべき方向性も示している。
著者はまず、英国のM&Aの起源をたどる。会社や事業の支配権を移動させるM&Aは近代株式会社の発生とともにあり、会社や事業の発展、再生に不可欠なものとして社会に受け入れられてきた。英国でM&Aがどう行われ、裁判所がどんな機能を果たし、会社法でM&A法制がどう整備されてきたか、沿革をたどり、特徴や理念などを明らかにする。会社法の歴史的展開の考察である。
M&Aは会社の清算や解散を前提に資産を譲渡することから始まった。株式を対価とし合併に類似した英国の独特のアマルガメーションとして発展してくる。会社の機関決定として行われるM&A(スキーム・オブ・アレンジメント)や、1950年代に隆盛になる株式取得による手法の公開買付けが詳説されている。英国のM&A規制とEU会社法の関係も分かる。
英国は支配権の所在の決定権者は株主であり、株主に不公平な取り扱いのない限り会社支配権の移転は推進されるべきとの考えに立つ。少数株主を締め出し、支配権を完全なものにする強制買取権も認められる。契約理論的会社観や、私的利益の追求が国家の資源の最善の活用に繋がるとの哲学が背景にあるのだ。
こうして英国のM&A法制では、M&Aを行いやすくする法整備と並んで、株主保護措置と関係者の利害調整が重視され、その規定が整備されてきた。対象会社の反対株主の株式買取請求権は、早くも1862年の最初の総括会社法で導入されている。判例法では、多数株主の誠実な議決権行使義務も形づくられていく。株主保護措置は事後的措置から、事前の取引段階へ広がり、重畳的な保護が講じられている。しかも、裁判所やパネル(監督機関)が関与し、公正性などをチェックする体制が完備されている。
では、日本はどうか。明治の勃興期に会社がつくられ、旧商法に合併規定がない中で事実上の合併が行われていった。こうした中で、乱立した銀行の合併促進のため銀行合併法がつくられ、日本のM&A法制の魁となる。明治32年商法がこれを引き継ぎ、解散事由として合併が加えられ、M&A法制が整備される。ただ、制度創設時から、資産や資本の融合の面が重視され、株主の利益保護の面は十分に認識されてこなかった。買取請求権が認められたのも戦後だ。さらに証券取引法に公開買付制度が導入され、二本立ての体制になる。最近の会社法の制定で、日本のM&A法制は米国流の会社支配市場法制へ歩み出している。
しかし、敵対的買収リスクの顕在化により、M&A法制の規制緩和の方向性に揺らぎが生じ、今後、いかなる理念の下に、どう進むべきか、迷いが生じている局面にあると著者はみる。今こそM&A法制の規制緩和の原点に立ち返り、M&Aを促す法的環境の整備をするとともに他方で、係争を防止し、価値創造的M&Aを促進するため、きめ細かな制度設計が要請されているというのだ。
そのうえで、今後の日本の課題を指摘している。①M&A法制は現在、金融商品取引法と会社法が別個に対応しているため公開買付けの強圧性低減に有効な規制システムが構築できていない。将来的には会社法を基盤とする包括的なM&A法制を整備する。②株主保護のあり方では、会社法は株主を実質的所有者としてきたが、M&Aにおいて、その是非を決する権利者としての株主の地位は必ずしも明確でない。支配権移転における株主の地位付けや権限を明確にし、株主が主体的、合理的に可否を判断しうる環境を整える。③公開会社の特定第三者に対する大規模な新株発行については、株主の意思決定の場を確保する――などだ。
著者は大学卒業後、ベンチャー企業でM&Aに携わり、一橋大学大学院で会社法を研究し、学者に転じた。本書は博士学位論文が基になっている。いずれ英国を出自としながら対極的なM&A法制をとる米国法の考察もし、総合的、包括的な検討を踏まえ、十分な提案をしたいと抱負を述べている。 (川端久雄)
 

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