[書評]

2012年4月号 210号

(2012/03/15)

今月の一冊 『グローバル企業法』

井原 宏 著 東信堂/3800円(本体)

『グローバル企業法』 井原 宏 著 東信堂/3800円(本体)日本企業のグローバル化が本格化している。学問的にも興味深い研究対象で、多国籍企業と言われた時代から経営学や経済学では分析・考察されているが、法学の観点からの研究はあまりない。現代社会に大きな影響を及ぼしているグローバル企業の活動に対し、法学面からの研究も避けて通ることはできないとして、著者はこの概説書を書いたという。
グローバル企業とは、親会社・支配会社を中心にグローバル市場で事業活動をする子会社、合弁会社などから構成される企業グループだ。法学的には子会社などが海外拠点で不法行為を起こした場合、親会社がどのような責任を負うかを中心に論じられてきた。過去にあった内外の事例が豊富に紹介されている。
子会社が起こした環境・安全事故に対する親会社(米ユニオン・カーバイド)の責任問題が問われたインドのボパール・ガス流出事件(和解で解決)の裁判の経緯などがよく分かる。日本の関連では、買収子会社の米ファイアストンが製造・販売したタイヤの欠陥をめぐる製造物責任で、親会社のブリヂストンの責任が問われたファイアストン事件(和解で解決)などが取り上げられている。ブリヂストン側は当初「アメリカ子会社の問題」と突き放していたが、最終的に子会社の製造物責任を引き受けざるを得なかった。トップも交代に追い込まれた。
事故の背景としてM&A後の混乱もあったとされる。ある工場で、給与体系の見直しなどを不満として労働争議が起き、この期間中の製品に事故が集中しており、製造現場の混乱が品質管理に影響したとの報道を紹介している。日本企業の海外進出M&Aの模範例とされる案件だが、このような落とし穴があったことは買収後の統合に当たっての教訓とすべきであろう。
さらに競争法違反に伴う責任問題も起きる。買収以前に買収対象会社の下で生じていた競争法違反に伴う責任について、買収会社が承継することがある。その例として、日本板硝子が買収した英ピルキントンを紹介している。同社は板ガラス国際カルテル事件で欧州委員会から制裁金を科された。事前のデューディリジェンスの大切さが分かる。
グローバル企業の活動がもたらす問題は、伝統的会社法と衝突し、これまでの概念の見直しを迫っている。その一つが株主の不法行為無限責任論である。会社の株主は有限責任が当然とされてきた。しかし、契約によって生じた債権者にはこの考え方は妥当するが、不法行為責任に対して株主は無限責任を負うべきだという議論だ。そうしないと、企業は危険な活動を海外子会社に移すなど有限責任の享受を目的とする企業の再構築に走らせる。欧米の最近の判例も、親会社が子会社の事業活動に対しコントロールを及ぼしたときは、被害者救済の観点から子会社の不法行為について、法人格否認の法理を用いずに親会社に直接責任を負わせる傾向にあるという。
こうした法的責任の論議だけでなく、グローバル企業の活動全般についても分析・考察がされている。企業が海外進出する場合の進出形態、そこで直面する法律問題、グローバル化に欠かせない国際事業提携の形態、その運営と管理、事業提携における利害衝突のリスクと調整の仕組み、提携関係の解消など多岐にわたる。
著者は、住友化学法務部長など実務を経験したあと、筑波大学大学院教授に転じた。今は、弁護士の傍ら大学の研究者、企業の法務担当者、弁護士らとグローバル・ビジネスローの研究所を主宰している。  (川端久雄)

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