[寄稿]

2020年10月号 312号

(2020/09/15)

コーポレート・ガバナンスの多様性とTenure Voting

王 学士(中国大連海事大学法学部研究員 中国弁護士 東京大学博士<法学>)
  • A,B,EXコース
<目次>
Ⅰ はじめに
Ⅱ Tenure Votingの特徴と運用状況
Ⅲ Tenure Votingの存在意義
  1. Tenure Votingの利点
    • (1)
      会社側から
    • (2)
      株主側から
  2. Tenure Votingの欠点
Ⅳ Tenure Voting仕組みの法的根拠
  1. アメリカ法
    • (1)
      デラウェア州法
    • (2)
      証券取引所の上場規則
  2. 中国法
Ⅴ Tenure Votingがもたらした議論は何か
  1. 株主平等原則からの乖離
  2. 株主アクティビズムの潮流に逆行するか
Ⅵ Tenure Votingの登場が資本市場に与える影響
  1. 買収防衛策としてのTenure Voting
  2. 会社の成長とTenure Voting
Ⅶ Tenure Votingをめぐる規制上の問題-今後の議論の方向性を踏まえて
Ⅷ 結 語

Ⅰ はじめに

 東京証券取引所は、2018年6月1日に公表した「コーポレートガバナンス・コード~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」において、「コーポレート・ガバナンス」とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み、と定義している(注1)。コーポレート・ガバナンスは、持続的な企業価値の向上を図り、それを支える健全な経営を実現するための仕組みづくりであり、事業環境が多様化している中で、その仕組みづくりは企業ごとに実態や成長段階に違いがあるため、1つの最適解があるわけでないのである。投資家の視点からだけではなく、株主と他のステークホルダー全体へ目配りと、そのための不断のガバナンス改革が必要である。

 今日の資本市場では、「一株一議決権原則」の意義と限界が多くの注目を集めてきた。Dual-Class Stock(クラスAとクラスBという2つのクラスの株を発行する仕組み)は、IPO(Initial Public Offering:新規株式公開)を行う会社に新たな選択を生み出した(注2)。Dealogicの統計によると、2015年にIPOを行った会社のうち、約14%がDual-Class Stockを利用していたが、2005年にはわずか1%であった(注3)。過去10年間で、Alibaba、Facebookなどを含む多くの著名企業は、短期的利益を追求する株主の圧力から解放され、中長期的な経営計画を立てられるなど、経営の自由度を高めることを正当化するための理由として、「経営に適した」(Management-friendly) Dual-Class Votingを採用した。この仕組みを採用した会社は、1株に付き1個の議決権を有する会社よりも、普通株主の影響から隔離する可能性が高くなる。Dual-Class Votingに肯定的見解は、会社は株主(投資家)の要求を考慮するだけでなく、中長期的な企業価値を生み出す能力を犠牲にして短期的な株価の上昇を招くような行動を回避することもできると指摘する。これに対して、Dual-Class Votingに否定的見解は、1株に付き1個の議決権を持つ多くの上場会社は株価の上昇を目指す株主の圧力から身を守ることはできないと主張する。すなわち、会社は短期的利益の追求を重視する行動を取らせられ、会社の持続的な価値創造に支障をきたす可能性があるとの批判である(注4)。さらに、多くの機関投資家は、会社の経営者を株主の監督から隔離し、株主のコントロール権の変更 (Change of control) による不可避の障害を生み出すことから、この仕組みを採用することに対して抵抗感を覚えている(注5)。

 近年になって、アメリカにおいて、このようなDual-Class Stockを巡る議論が盛んになるものの、会社のコーポレート・ガバナンスの側面では、ステークホルダーの利益を実現するための代替策の1つとして、Tenure Voting(長期保有株主を優遇する議決権行使制度。一種の“Loyalty Share”とも呼ばれる)の仕組みとその機能・限界が議論され、その活用が進むにつれ、それが会社の経営にどんな影響を及ぼすのかについて検討される機運が生じつつあるように思われる。そこで、本稿では、比較的最近、アメリカで問題となっている「短期志向」(Short-Termism) の抑制、長期株主 (Long-Term Shareholders) の議決権を強化し、Dual-Class Stockなしで上場会社が利用できるTenure Votingの仕組みについて検討する。まず、Tenure Votingの特徴と運営状況を紹介した後(Ⅱ)、その意義を述べる(Ⅲ)。その上で、Tenure Voting仕組みの法的根拠、それがもたらした議論及びTenure Votingの登場が資本市場に与える影響について論じる(Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ)。Ⅶでは、Tenure Votingに対して法制度がどのように対応すべきかについて検討する。Ⅷが結語となる。


Ⅱ Tenure Votingの特徴と運用状況

 まずは、Tenure Votingというものについて整理しておきたい。Tenure Votingとは、株主の株式保有期間に基づいて追加的議決権を付与する仕組みである。このTenure Votingを用いた議決権の仕組みは、長期株主の保有する各株式が、短期株主 (Short-Term Stockholders) よりも多くの議決権に相当することを意味し、すなわち、より長期にわたって保有されている株式に対してより多くの議決権を付与する。これによって、経営陣の一貫した内部統制に対する要望を満足させるだけではなく、長期投資家に対してより大きな役割を与えることもできる。Tenure Votingの下で資本を再構成する会社は、短期株主よりも長期株主に議決権を1株に付き2個以上に増やすことができる(注6)。

 Tenure Votingの基本的なモードには大きく分ければ2つの類型がある。第1が、Low-Highである。すなわち、資本再構成 (Recapitalization) の日に、発行済株式はすべて、1個の議決権に対応する。同一の株主が一定期間において株式を保有すると、その株式の議決権は追加的に付与され、2個以上の議決権を行使できる。例えば、5年間連続して保有した場合、その株式には5個または10個の議決権が付与されることになる。第2が、High-Lowである。すなわち、資本再構成の日に、すべての株式に複数の議決権が付されている。持株比率に変動があった場合は、一株一議決権の原則に戻るが、新株主は、あらかじめ定められた保有期間の後、Low-Highの場合と同じように、追加的な1株に付き1個の議決権を取得することができるので、結果的には、株主は資本再構成の日と同じ議決権を有することとなる。だが、Low-Highにせよ、High-Lowにせよ、Tenure Votingは、同じ基本的効果を持っている。それは、短期株主よりも1株あたりの議決権が多いことで長期株主に報いるということである(注7)。

 Tenure Votingは、広く採用されていないが、実際には、こうした議決権の仕組みを採用した会社がある。最近の調査によると、過去30年間にTenure Votingを利用し、NYSE (New York Stock Exchange) に上場した12社の大部分が家族経営 (Family) の会社であり、同仕組みを採用する前に長い歴史を持つ「老舗企業」である(注8)。これらの会社がTenure Votingを採用した主な理由は、「短期投資家の影響力を減らすこと」と、「長期投資家の相対的影響力を高めること」とされている(注9)。そして、1985年から1987年までの間にNYSEが一株一議決権(One-share, One-vote Policy)の一時停止(Moratorium)を宣言した後、SEC (Securities and Exchange Commission) が規則19c-4を公布する前に、10社(80%以上)は、Tenure Votingを採用した(注10)。残りの2社 (RoperとShaw) は、裁判所が規則19c-4を無効にした後、SECが証券取引所に類似する議決権の仕組みを採用するよう奨励する前である1992年と1993年にTenure Votingを採用して上場した(注11)。

 これらのTenure Votingを採用した会社の特徴について、Dallas & Barryは、これらの12社には多くの類似点があると指摘している(注12)。第1に、ある時点で、すべてがNYSEに上場した。第2に、9社にはディレクターレベルのつながりがあった。第3に、Tenure Votingを採用した10社は、上場したときはすべて家族の支配下にあり、株主の議決権に基づいて同仕組みを採用した。また、Tenure Votingを採用する前は、12社が20年以上前からビジネスを始めていた。さらに、これらの会社は、すべてHigh-lowを採用した(注13)。ただし、Tenure Votingは、受益所有権(Beneficial Ownership)の移転により、保有期間の長さ及び保有期間の終了後に付与された1株あたりの議決権の両方に関してはそれに応じて変動した(注14)。株主が保有期間中に受益所有権に移転がなかったことを証明することによる推定に反論しない限り、実際の所有者に代わって名義登録されている証券業者が保有する株式は短期間であると推定される(注15)。また、第4に、これらの会社が通常採用したTenure Votingは、株式を4年以上保有することで10倍の議決権が付与されるというモデルである。さらに、この議決権の仕組みは、短期的で会社におけるインサイダー・コントロール(Insider Control) のリスクを増大させることになるが、これらの会社がTenure Votingを採用してから、10年後の状況を見ると、内部統制・リスク管理の現象は緩和され、会社の株価もまた、Tenure Votingの影響を受けているわけではなく、株式市場を上回ったとする研究もある(注16)。

 翻って日本の状況を見ると、現在、コーポレート・ガバナンスにおけるTenure Votingとその評価を巡る問題について、これまであまり先行研究のなかったアメリカ法の議論がどの程度日本法にとって参考になるのかを検討する意義はある。


Ⅲ Tenure Votingの存在意義

 現在、アメリカをはじめ、諸外国では、Tenure Votingを採用する上場会社が少なからず存在する(注17)。このことは、Tenure Votingは、会社と株主の両方の懸念を解消する上でいくつかの影響を与える可能性があることを示唆している。すなわち、同仕組みは、会社の長期的成長に興味を持っている株主に予め定められた要件を満たす場合に、普通株式よりも多くの議決権を与えることができるとともに、会社の将来にそれほど興味を持っていない株主が流動性の心配なしで株式売却を可能にする。そのため、Tenure Votingは、会社と株主の両方に利益をもたらし、両者ともに長期的な利益に集中するためのより良い動的な制度的環境を作り出すことができるようになった。具体的には、次のような場合が考えられる。

1 Tenure Votingの利点

(1)会社側から

 会社側から見れば、Tenure Votingは以下の5点の機能を果たすことができる。

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