[書評]

2012年9月号 215号

(2012/08/15)

今月の一冊 『タックスヘイブンの闇―世界の富は盗まれている!』

ニコラス・シャクソン 著 藤井 清美 訳 朝日新聞出版 / 2500円(本体)

『タックスヘイブンの闇―世界の富は盗まれている!』 ニコラス・シャクソン著 藤井清美訳 朝日新聞出版 / 2500円世界経済の混乱や大企業、政治家のスキャンダルのたびに顔をのぞかせるタックスヘイブン(租税回避地)。今回の金融危機でも、タックスヘイブンとそれと一体となったオフショア金融が深くかかわっていた。本書はこれまで闇に包まれていたタックスヘイブンの実像を明るみに引き出している。
英国・王立国際問題研究所の研究員である著者は、多くの文献を渉猟しながら、歴史をたどる。欧州最古のタックスヘイブンであるスイスでは、金融部門の守秘性は何百年も前からあった。英国の多国籍企業がオフショアを利用して、税金をゼロにする移転価格操作を始めたのは、1930年代からだ。第2次大戦後、大英帝国は崩壊し、ロンドンのシティも沈滞していたが、1950年代半ばに、ユーロダラー市場と呼ばれる新しいオフショア活動を始めたことから、金融センターとして復活を始める。やがて米国も巻き込まれ、今日のグローバルオフショアシステムが出来上がっていく。
タックスヘイブンと呼ばれるが、今では課税だけでなく、金融規制などからの避難所になっている。それで、守秘法域という呼び方も生まれた。巨額の資金を呼び寄せ、信用を拡大させているにもかかわらず、市場や当局の効率的な監督が及ばず、今回の金融危機が発生する要因の一つになった。危機収束のため世界各国が財政出動に追い込まれ、勤労者に多大なコストが転嫁された。金融危機後、G20サミット、OECD、米国などでタックスヘイブンに厳しく対処する動きも出ているが、有効な手を打てずにいる。
通信社の特派員で、ジャーナリストの著者がこの問題に関心をもったのは、1990年代に取材で訪れたアフリカ途上国の政治家がタックスヘイブンを利用して蓄財を図っている姿を見たからだ。それから、各地のタックスヘイブンを訪ね歩いた。インタビューなどを通じ、金融ビジネスに乗っ取られた法域の姿、そこでの人々の暮らしぶりや価値観などを明らかにしていく。英ケイマン諸島は、人口わずか1万人に過ぎないのに、非居住者の預金残高が1兆7000億ドルもある世界5位の金融センターだ。米デラウェア州は、金持ちになればなるほど税率が低くなる逆進課税制度の採用、クレジットカード事業の上限金利の廃止、有限責任パートナーシップ法の制定などを行い、金融サービス産業を呼び込む。金融産業が地元の政治家に働きかけて、実現させていく過程が詳細に描かれている。
世界に60あるといわれる守秘法域のうち、著者が最後にたどり着くのが、足元にあるオフショアの総本山、シティである。ロンドンの一角に金融サービス産業が集積する。金融資本の規制緩和と自由化こそが進歩の道と考える。独自の自治権をもち、市民議会の投票権は住民だけでなく企業ももつ。国家の中の国家であり、陸地に浮かぶ宝島である。
著者は、オフショアシステムの改革に、今こそ世界が本気で取り組むときだという。このまま放置すると、オフショアシステムがもたらした「底辺への競争」に世界が巻き込まれる。文明社会が築いてきたルールや民主主義の諸制度が崩壊する危険がある。それを回避するためには、オフショアネットワークの結び目であるシティを解体する。租税を悪と見る逆転した倫理観を改め、企業の社会的責任の中心に納税をすえる。法人は国家に活動の基盤を置き、有限責任といった特権も国家から与えられている。国家がなければ企業は存在しない。国家を支えるのは租税であり、企業の活動も税金が生み出す道路、社会の安全、質の高い労働力の上に成り立っているのだから。
本書の原題は「Treasure Islands」である。19世紀に英国の作家、スチーブンソンの小説「Treasure Island(宝島)」に複数形のsをつけたものだ。世界に広がるタックスヘイブンを現代の宝島と表現したのだろう。訳者の大変さを思いながら、タイトルの付け方に、ないものねだりをしたくなった。
(川端 久雄)

 

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