[書評]

2013年5月号 223号

(2013/04/15)

今月の一冊 『企業買収と防衛策』

 田中 亘 著/商事法務 /7000円(本体)

今月の一冊 『企業買収と防衛策』 田中 亘著 /商事法務 /7000円(本体)   日本の敵対的企業買収と防衛策をめぐる法制度や法理論について、斬新な問題提起を続ける学者として注目を浴びている著者の大作である。すでに発表した論文に、10年にわたる研究成果を基に新たに書き下ろしの論文を加え、今後の日本の企業買収と防衛策に関する法制度のあるべき姿を提言している。

   敵対的買収には非効率な経営陣の交替や経営行動の規律といったメリットがある。著者は株式会社制度の効率性を維持する重要な仕組みであると言う。ところが、日本ではこの仕組みが機能していない。M&Aが増え、2000年代半ばから王子製紙のように公開買付けを使って正面から挑戦する企業も一部出ているが、ほとんど失敗したり断念したりで終わっている。

   事前警告型の防衛策が普及し、対象会社の取締役会が株主の判断に介入できるような仕組みになっていることも影響している。例えば日本電産が東洋電機製造に対して行った買収提案では、東洋電機製造の取締役会が情報提供要求を繰り返した。こうした引き延ばし策に対して買収側は法的に争う道はない。結局、日本電産は買収提案を取り下げてしまった。日本の防衛策のお手本となった米国では、IBMのような有名企業もいざとなれば、敵対的買収の選択肢をいとわず、実現させているのと大きな違いであると指摘する。

   このため、日本では敵対的買収で企業が蘇ったという成功事例が積み上がらず、相変わらず負のイメージを払拭できずにいる。

   さらに、現行制度には買収側に萎縮効果がある。個別案件ごとに、裁判所が防衛策の発動の適否を判断する法制度になっているため、裁判所でどういう判断が下されるか不確実だ。例えば万が一、防衛策が発動された場合に、経済的補償がされるのか。ブルドックソース事件で最高裁判所は経済的補償がある防衛策を適法としたが、経済産業省の2008年の企業価値研究会報告(座長・神田秀樹東京大学教授)では経済的補償を伴わない防衛策の発動も適法としている。

   ではどうすればいいのか。著者は、会社の経営支配権争いの帰趨は株主が決すべきであるという基本原則に立ち返り、株主が買収に応じるかどうかを適切に判断できるような法制度を整えることが必要だと言う。

   この法制度を考えるうえで、一番重要な問題は強圧性の問題である。買収側の買収手法によっては株主側に売り圧力がかかる。この強圧性を防止するため、米国でもデラウェア州法理により防衛策が発展してきた歴史がある。

   しかし、著者は、デラウェア州法理が買収防衛策に関して合理的な基準を提供しているとは思われないし、そのまま日本に移植することが望ましいとは考えられないと言う。この視点から、デラウェアの影がより色濃く出た2008年企業価値研究会報告を厳しく批判している。

   米国とは別のやり方で敵対的買収を上手く機能させているのが英国だ。英国では、公開買付規制により強圧性が生じないよう工夫している。株式を取得しようとする入口段階で買収側を厳しく規制するのだ。その代わり、対象会社の取締役会は原則として防衛策を禁じられる。これにより、株主は買収に応じるかどうか、ゆとりをもって判断できる。著者は日本も米国型からこの英国型に移るべきだと提案している。

   具体的には、市場外だけでなく、市場内での買付けにも支配権取得を目的としたものは、公開買付規制の網をかぶせる。全株式を対象とする公開買付けの場合には、成立条件を満たすだけの応募があった場合には一定の延長期間の設置を強制する。部分買付けの場合には、応諾するかどうかの意思表示とは独立に公開買付け自体を承認するかどうかの意思表示を行わせ、議決権の過半数の株主の承認を成立の条件とする。こうして強圧性を排除し、法律で防衛策を禁止する。英国型の紹介はこれまでも行われているが、日本の会社法学に新風を送り込んでいる著者の明確な提案は、日本の今後のあり方を考えるうえで大きな意義がある。

   本書には、手に触れることが難しい学術誌に発表された論文なども掲載されていて、法律の専門家でない者にとっては有り難い。米国の1980年代からの敵対的買収の実証研究の概要、法と経済学からの分析、防衛策の判例法理の発展もつかめる。日本についても市場内買付けによるものも含めて敵対的買収事例の解説や、ニッポン放送事件やブルドックソース事件などの裁判の分析も詳細になされていて、判例法理の発展と現状、今後の裁判での論点などが理解できる。この間の学者や実務家の多数の論文や関連の記事なども紹介されていて、この10年間の日本の歩みを振り返るうえでも大変助かる。

   本書の刊行に当たり、著者は恩師の神田教授に感謝を捧げている。その恩師と考え方が違う点も興味深い。
   (川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)
 

 

 

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