[書評]

2013年11月号 229号

(2013/10/15)

今月の一冊 『責任ある投資―資金の流れで未来を変える』

 水口 剛 著/岩波書店/3200円(本体)

今月の一冊 『責任ある投資―資金の流れで未来を変える』 水口 剛 著/岩波書店/3200円(本体)  原発事故を引き起こした東京電力は個人株主だけでなく、国民が預金や年金の積立金を通して気づかないまま資金面で支えていた。企業活動が莫大な被害をもたらし、未来にまで影響を及ぼす。そうした企業活動を支えている資金の流れを「責任ある投資」という考え方で見直し、変えていこうと言うのである。私たちが、これからどういう経済と社会を目指していけばいいのか。その指針を与えてくれる。 

  伝統的な投資の考え方は、資本市場だけで完結していて、投資のリスクとリターンにしか関心がなく、投資先の企業活動が環境や社会にどんな影響を与えているのかについて目を向けてこなかった。投資家にとって金銭的利益が第一で、しかも短期的利益の追求に拍車がかかるようになり、その挙句、リーマン・ショックといった金融危機を引き起こした。

  責任ある投資の考え方は、こうした投資のあり方に対する対抗原理となる考え方である。機関投資家など運用側が投資判断に当たって、資本市場の外部にも目を向け、環境や社会、将来世代への影響をも配慮する。市場メカニズムの中にこうした配慮の仕組みを組み込んでいくことが大事で、これにより持続可能な社会の実現につながると言うのである。国連が2006年に責任投資原則を公表したことからこの概念が広まった。

  著者は、先進的なノルウエー政府年金基金がどのように環境や社会に配慮しながら投資先を選んでいるのか、どんな企業が除外されているのかといったことを、現地を訪ねるなどして紹介している。例えばJTを含むたばこ企業は除外されている。これらを参考に、日本で責任ある投資が実践されるようにするためには、どんな制度改革が必要か、どう関係法令を改めればいいのかの具体案も示している。条文を変えることは可能だが、そのためにはまず投資のあり方を変えようという社会的合意が形成される必要がある。

  責任ある投資を実現するためには、運用側の改革と並んで企業の側の情報開示のあり方も変革しなければならない。持続可能な発展のためには、環境への負荷も含め企業活動の情報が正しく示されなければならない。ところが、今の会計システムは企業活動のコストを正しく反映できていない。このため投資が正しい判断に基づいて行われず、今、我々は気候変動など持続可能性の危機を迎えている。元々、会計は貨幣資本の動きを記録するツールとして開発されたため、例えば企業が生み出している自己創設のれん、人的資本などはうまく表示できない。これらはインタンジブル・アセット(目に見えない資産)と呼ばれるが、それと同じように企業が抱える環境負債も適切に表示できない。原子炉の廃炉などに備えて資産除去債務は開示されるようになったが、それは原発の環境負債のごく一部で、原発がもたらす環境負債ははるかに大きい。目に見えない負債なのだ。

  こうした点を、記述情報として補うため、新しい情報開示として国際統合報告評議会で「統合報告」が検討されている。2013年中にそのフレームワークが公表されるとあって、日本でも関心が高まっている。企業の中にはすでにそれを先取りする動きもある。著者は、今一部の企業が出している環境報告書やCSR報告書のように有価証券報告書と並立させるのではなく、有価証券報告書自体を統合報告にすべきだと提案している。

  こうした新しい流れを象徴するかのように経済同友会が今年、発表した企業白書のタイトルは『持続可能な経営の実現』だった。企業白書はその時代のテーマを鮮明にすることで知られるが、企業の側にも意識転換が起きていることが分かる。

  著者は高崎経済大学教授で、環境会計、責任投資などをテーマに研究している。本書では、資本市場や会社制度の仕組み、投資を巡る歴史や各国の状況、最新の動きなどが分かりやすく説明されている。さらに責任ある投資より大きなシステムである「責任ある経済」についても言及している。次なる論考を期待したい。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

 

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