[書評]

2014年4月号 234号

(2014/03/15)

今月の一冊 『役員のための法律知識』

 中村 直人 著/商事法務/2500円(本体)

今月の一冊 『役員のための法律知識』 中村 直人 著/商事法務/2500円(本体)  企業法務部門の弁護士人気ランキングでお馴染みの弁護士が、上場企業の取締役など役員に向けて、会社法を中心に知っておくべき法律知識について簡潔に解説している。会社法の教科書には書かれていない実務での運用も紹介されていて、生きた会社法とも言える。役員でなくても、会社法の勉強や理解に役立つ。

  取締役になると、まず、会社との契約が雇用契約から委任契約に変わる。任期は2年以内と短い。これは取締役が弁護士や医者と同じく、プロフェッショナル(専門家)だからだと説明する。専門家は、いつやめさせられても文句は言えない。頼りになるのは自己の能力や知見であり、それに対する株主からの信任のみが存立基盤だと心得よ、と教える。

  プロを雇う制度には責任追及制度がつきものである。事後的なチェックがあるから、真面目に仕事をしようというインセンティブにもなる。株主代表訴訟制度がある理由もその視点からみることもできる。ただし、取締役には裁量を広く認める経営判断原則や責任免除の制度もある。取締役が過度に委縮せず、適切で果敢な投資判断をすることの大切さを説いている。

  取締役にならずに、執行役員になる人も最近は多い。実務の知恵が生み出した役職で、会社法上は「使用人」に過ぎない。取締役会改革の流れの中で、取締役数が削減されるようになったが、その受け皿として執行役員が生まれた。この苦肉の策が、「執行」側の役員がいるのであれば、「監督」側の役員もいるはずで、それこそまさに取締役(会)であることを、日本の企業に初めて認識させたと言うのである。

  取締役になると、子会社の管理も頭の痛い問題だ。なんと言っても、上場企業で発生する不祥事の9割は子会社や関連会社で起きている。これが親会社の役員の責任になるのか。今後、会社法が改正されると、会社法施行規則で規定する「企業集団における業務の適正を確保するための体制」の整備が会社法本体に格上げされ、親会社の取締役会の職務に含まれることになる。これによって、親会社は子会社を適切に管理する責任があるといった法解釈が強まる可能性があると指摘している。

  もっと怖いのがインサイダー取引規制だ。罰則が強化され、摘発も増えている。ペナルティーは人生のすべてを棒に振るほど重い。自分が犯してはいけないのは勿論だが、部下にもさせてはいけない。M&Aを例にとると、「合併を実行する」ということを会社の正式機関(取締役会)で決定する前の段階でも、規制の対象になる。合併を行うことについての決定、例えば具体的な合併に向けた調査や準備、交渉などの諸活動を会社の業務として行うことの決定でよい。この決定は取締役レベルであればよく、相手方が特定されていればよい。実現可能性までは要件としていない。このため、M&A案件では、案件ごとにキックオフミーティングで、これから規制の対象になることの明示や誓約書を求めることが必要だとしている。

  このほか、取締役が投資家との会話で必要になるコーポレート・ガバナンスや、重要性を増しているコンプライアンスについても、その議論の沿革、意義、現在の状況などについて具体的事件も盛り込みながら、最低限知っておいた方がよい知識が紹介されている。

  では、一体、取締役は誰のために働くのか。日本でも最近、株主のために働くのだという人も多くなっている。敵対的買収や、支配株主が経営陣の了解を取らずに支配権を売却してしまう敵対的売却も出ている。会社の利益と株主の利益が対立する場面が増加しているのだ。取締役も自分は誰の利益のために働いているのか、しっかり考える必要がある。

  著者は株主主権説には与せず、取締役は「会社の利益」のために働くのが義務だと明言する。と言うのも、取締役は会社と委任契約を締結していて、委任者は会社である。株主とは何らの契約関係もない。日本法はあくまでもドイツ法系であって、取締役は会社だけでなく株主にも直接の義務を負うとする米国法とは違う、としている。

  取締役の報酬についても、著者の会社観がうかがえる。米国のように会社を契約の束とみるのではなく、日本の会社は実在していて、社会に良い製品やサービスを提供し、雇用の機会や投資の機会を提供する仕組みと考えられている。高額報酬を仕事のインセンティブとする米国と違って、日本ではよりよい仕事をしたい、顧客や従業員に喜ばれたいということがインセンティブになっていると言うのだ。

  こうした伝統的日本的経営に立脚した会社観が日本企業に受け入れられ易く、この点も著者が弁護士人気ランキング上位を続ける理由なのだろう。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

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