[M&A戦略と法務]

2018年6月号 284号

(2018/05/17)

トランプ政権下で重要性を増す安全保障・輸出管理とM&A

内海 英博(TMI総合法律事務所 パートナー 日本国及びNY州弁護士/日本国及び米国公認会計士)
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 安全保障輸出管理(貿易管理)とは、国際的な平和及び安全の維持を目的として、武器や軍事転用可能な貨物・技術が、日本の安全ひいては国際的な安全を脅かすおそれのある国家やテロリスト等、懸念活動を行うおそれのある者に渡ることを防ぐための輸出等の管理をいう。近時、日系企業のグローバル化及び技術の高度化により、貨物及び技術の輸出に際して、安全保障輸出管理上のリスクが増大している。それに伴い、安全保障輸出管理の専任の担当者を配備することができず、度重なる法改正に対応しきれないなどの理由により、安全保障輸出管理についての弁護士への相談が相次いでいる。また、米国トランプ政権下で数々の国際的な緊張を高める政策がとられる中でリスクは一層高まっているといえる。従って、M&Aにおいても対象企業につき、安全保障輸出管理違反がないか、あるいはそのリスクがないか等につき綿密な調査が求められる。

 そこで、本稿においては、安全保障輸出管理に関する数多くの経験を有する筆者が、M&Aでこれまであまり注目されることのなかったこれらの制度の概要と実務上の留意点を、相談事例を紹介しつつ概説する。


2. 米国の安全保障管理(OFAC規制)

(1) 制度の枠組み

 米国では、連邦法や大統領令に基づき、The Office of Foreign Assets Control(OFAC・財務省外国資産管理室)が、特定対象国やテロリスト等によって米国の安全保障や外交政策等に脅威となる活動に関与した者に対する経済制裁や取引規制を行っている。当該規制は、US Personに対する一次制裁(Primary Sanction)と、Non-US Personに対する二次制裁(Secondary Sanction)に分かれる。ここで、US Personとは、米国籍や米国永住権を有する個人(米国外在住者を含む)、米国内の法令に基づいて設立された法人・団体、米国内の外国法人の支店・営業所・駐在員事務所、米国に居住・訪問している個人(国籍を問わない)等をいい、Non-US PersonとはこれらのUS Personに該当しない法人・団体・個人等をいう。
 日本企業やその米国外の子会社の多くは、Non-US personに該当するが、米国の域外(米国の管轄権が直接及ばない)で特定の取引に関与した場合であっても、米国の経済制裁規制の対象となる場合がある。これを域外適用という。米国の管轄権が及ばないはずの外国で行われた取引であるにもかかわらず、米国の規制が適用される点に特徴がある。例えば、日本から規制対象国への輸出が、思いがけず米国の制裁の対象となり、貨物や技術の輸出入ができなくなる可能性がある。したがって、イラン・キューバ・ロシアの一部といった米国による経済制裁規制の対象国・地域とのビジネスを行うにあたっては、米国政府による制裁リスクに十分注意を払う必要がある。
 我々は、日系企業がこれらのOFAC規制により取引が禁止されている国へ日本から製品を輸出する場合あるいは米国輸出規則 (Export Administration Regulations /EAR)に関し助言する機会も多い。その理由として、近時、日系企業のグローバル化及び技術の高度化により、貨物及び技術の輸出に際して、安全保障輸出管理上のリスクが増大しているところ、それに対応する形で安全保障輸出管理の担当者を十分配備することができず、度重なる法改正に対応しきれないことにより、安全保障輸出管理についての弁護士への相談が相次いでいることが挙げられる。加えて、米国トランプ政権の下で、従来の政権以上に厳しい制裁を科すリスクが増えており、またイランに対する追加制裁など政策の不透明さも増していることが挙げられる。

(2) 制裁リスクの概要

 罰則(罰金)を課されるリスクに加えて、銀行取引の停止により米ドルの決裁が行えなくなるリスクがあり、結果として米国市場を失う可能性もある。更に風評被害を受けるリスクもある。例えば、BNPパリバ銀行は、過去約9000億円の罰金の支払いを命じられたが、これらのリスクは、金融機関だけの問題ではない。非軍事目的で製造されたが、軍事転用可能とみなされる民生品の範囲は極めて広いことから、非金融機関である事業会社が、法律に対する知識不足から “うっかりミス” を犯してしまうことに伴う我々への相談も急増している。このように、金融機関以外の日本企業も米国の経済制裁規制に配慮しながらビジネスを行う必要がある。

(3) 個別の制裁対象者

 OFAC規制においては、経済制裁規制の対象国のみならず、SDN(Specially Designated Nationals )リストにおいて指定される個別の制裁対象者(例えば、イラン革命支援軍など)及びSDNリストにおいて指定された者が50%以上の持分を有する組織とビジネスを行うことも厳しい制裁の対象となる。したがって、企業が、特に中東・アフリカ・ロシアなどの高リスク地域でビジネスを行う場合には、取引先がこれらの制裁対象者でないことに加え、制裁対象者を相手方として取引していないことを確認する必要がある。

(4) 法令順守のための具体的な方策

 OFAC規制は、故意というよりは過失により、違反を犯すケースが多いが、いかに “うっかりミス” による違反をなくすかにつき我々が助言をするケースも多い。その方策として例えば、以下のようなことが考えられる。

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