[対談・座談会]

2018年8月号 286号

(2018/07/17)

[座談会]M&A新時代 ― 株対価M&Aの幕開け

安藤 元太(経済産業省 産業組織課 課長補佐<当時>)
中山 龍太郎(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)
松尾 拓也(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)
武井 一浩(西村あさひ法律事務所 パートナー 弁護士)(司会)
  • A,B,EXコース
左から中山 龍太郎氏、安藤 元太氏、武井 一浩氏、松尾 拓也氏
左から中山 龍太郎氏、安藤 元太氏、武井 一浩氏、松尾 拓也氏
<目次>
はじめに
産業競争力強化法の全体像
生産性革命のための2つの法律~生産性革命法の概要
産業競争力強化法の主な措置事項
税制措置について~株対価M&Aとスピンオフを使いやすく
  • 株対価M&Aの税制措置
  • 欧米では一般的な株対価M&A
  • 株対価M&Aの意義
  • 計画認定の対象とする予定の事業類型
  • スピンオフ税制の改正
  • 海外のスピンオフ事例
  • 『「スピンオフ」の活用に関する手引き』の策定
会社法特例について
  • 株対価M&Aに関する会社法特例について
  • スピンオフに関する会社法特例
  • キャッシュアウトに関する会社法特例
  • 略式組織再編に関する会社法特例
企業の成長戦略に活かせる産業競争力強化法
株対価M&A活用の実務
株対価M&Aの実務
  • 株対価M&Aに関する特例のポイント
  • 新しい株対価M&A制度が利用される場面
  • 再編計画の認定要件
  • 余剰資金要件の判定
  • 課税繰延要件充足の事前確定
  • 中核的事業強化要件
  • 交換比率の決定
  • 端数処理
  • 2段階型への活用
  • インサイダー取引規制との関係
  • 計画認定の実務フロー
  • 株対価M&Aへの期待
略式スクイーズアウトの実務
はじめに

武井 「今日はお忙しい中、ご出席いただきまして誠にありがとうございます。今日は、5月16日に国会を通過したばかりの産業競争力強化法(以下、強化法)の会社法および税法の特例について、制度をご担当されている経済産業省の安藤課長補佐をお迎えして、M&Aの実務現場にいる弁護士のほうからいろいろとお伺いする座談会となります。この新制度は、今年の夏から施行予定ですが(後注:7月9日から施行された)、M&A実務の根幹・常識を変える大きな改正点がいくつか含まれております。本日は、その中でも特に、株対価M&Aを中心的に取り上げ、その制度のポイントと実務への影響について、立法のご担当と法律専門家の方々に議論していただきます。

 ご承知の通り、今までの日本のM&Aは、全般的に現金を対価として行われてきた傾向にあります。しかしM&Aの対価として自社株を使うか現金を使うかは、本来、ニュートラルな選択肢であり、ケース・バイ・ケースで使い分けていくべきです。日本の場合は、法制上の理由等から、現金対価に偏ってきた歴史があります。2011年に当時の産業活力再生法(以下、産活法)、今の強化法ですが、その改正が行われ、株対価TOBに関する会社法上のネックが解消されましたが、税法上の手当てがなされなかったことなどもあり、結局あまり使われずに今日に至っていたわけです。今回の強化法の改正によって、会社法特例だけでなく税法特例も手当てされ、株対価M&Aが様々な用途で現実に使える制度となったわけで、株対価M&Aの新時代を期待させる大変意義深い改正といえます。

 ちなみに前回の2011年の産活法改正については、本誌マールの2011年10月号(204号)で特集座談会が行われております。また今回の強化法改正に関して、同じくマールの2018年3月号(281号)で、経産省のご担当の方による簡潔な制度解説が掲載されています。これらも適宜ご参照いただけましたらと思います。

 本日は、こうしたM&Aをめぐる新たな法制的動向について、実務的観点から深掘りするとともに、今後のM&A実務に与える影響や展望に関して議論できればと思っております。よろしくお願いします。

 ではまず、経済産業省の制度立案担当者の安藤さんから、簡単に自己紹介をお願いします」

安藤 「経済産業省産業組織課の安藤と申します。武井先生からご紹介がありました通り、今回の強化法の株対価M&AをはじめとしたM&Aに関連する会社法と税制の特例の担当をしています。今回の改正は非常に大きな意義を持つ改正ですが、税制の手当てについては3年間限定の租税特別措置法での特例という位置付けですので、この3年の間にいかに実績を出していくのかが、われわれの目の前の大きな課題だと思っています。実務で使っていただけるような制度設計を心がけたつもりですが、実際どうなのか、一緒に議論できればと思います。よろしくお願いいたします」

武井 「よろしくお願いします。では弁護士サイドの自己紹介をお願いします」

中山 「西村あさひ法律事務所のパートナー弁護士の中山です。私は1999年に弁護士になった当初からM&Aに携わり、大型の案件にも携わってきましたが、日本の場合はこれまで合併、株式交換といったいわゆる組織再編しか事実上株対価は使えなかったわけです。一方、ここ10年は、組織再編のみならず、むしろ公開買付け(TOB)が上場会社のM&Aにおいて中心的な役割を担ってきました。先ほど武井先生からお話があった通り、2011年に当時の改正産活法で、株対価TOBの会社法特例が導入されたのですが、税制の手当てがなく、その他の実務的な細かい部分での使い勝手もよくないため活用実績がほとんどありませんでした。今回の改正では、そのあたりのボトルネックがほぼ解消されるということで、われわれ実務家としては、この改正が、国際的なM&Aも含め、今後の日本企業の大型M&Aの推進力となるのではないかと非常に大きな期待をしているところです。本日はよろしくお願いいたします」

松尾 「西村あさひ法律事務所のパートナー弁護士の松尾です。私も、弁護士登録以来M&Aを専門にやってきておりまして、特にTOBやその後にスクイーズアウトを伴う案件を数多くやってきました。そのような私の実務経験の中でも、例えば、大型案件のときには、株対価TOBスキームが俎上に上ることがしばしばあったのですが、実務上のいろいろな障害・支障があって最終的には使えないという判断に至ることが少なからずありました。今回の改正で、そうした実態を突破できるような実務が広がればいいなと思っています。例えば、TOBの実務解説書を見ますと、株対価TOBのページ数は驚くほど少ないです。制度としてはあるが使われてこなかったために、あまり重視されず、実務も蓄積・充実してこなかったからだと思います。今後、いろいろな実例が積み重なることで実務が充実し、理論的にも確かなものになって、普通に使われるようになっていくことを期待しています。今日はよろしくお願いします」

武井 「司会を務めます武井です。よろしくお願いします」


産業競争力強化法の全体像

生産性革命のための2つの法律~生産性革命法の概要

武井 「では最初に今回の産業競争力強化法について、全体像のご紹介を安藤様からお願いいたします。今回主に取り上げます株対価M&Aのほかにも、スピンオフや略式スクイーズアウトに関する重要な改正もあります。また、サンドボックス制度を含む生産性革命の法律もございます」

安藤 「昨年末に政府が取りまとめた「新しい経済政策パッケージについて」(平成29年12月8日閣議決定)の中で、生産性革命と人づくり革命が両輪ということで、政府の経済政策の柱の一つとして生産性革命が掲げられています。まず最初に生産性革命の実現のための2本の法案のご紹介を簡単にさせて頂ければと思います。

 1本目は生産性向上特別措置法案(以下、「生産性革命法」という。)で、3年間の時限立法という形で大きく以下の3つの措置を盛り込んでいます。

 第1に、規制のサンドボックスです。これは、これまで業規制等でなかなかできなかった新たなビジネスについて実証という形で計画認定をし、参加者や期間を区切ることで業規制の業にあたらないというような構想をして規制改革に繋げるような実証を行いやすくするという主旨のものです。

 第2が、データ連携です。これは、IoT投資を支援するため、1つの会社の中でデータ連携を進める、又は異なる企業同士でデータ連携を進めるためのIoT、センサー、ロボットの導入、というような設備投資に対し減税措置を講じるというものです。また、政府の持つ情報のオープンデータ化ということで、計画認定を受けてセキュリティに関して一定の基準をクリアしていることが確認された場合には、一般の情報公開請求とは別に、一定の加工を施すことも含めて、国、独立行政法人等に対して、保有するデータの提供を要請できるという仕組みも入れています。例えば気象庁の気象データや国土地理院の地図データなどが考えられます。

 第3が、市町村が認定した中小企業に対して固定資産税の課税標準をゼロ等に軽減したり、予算措置を拡充・重点支援することで国や市町村が中小企業の生産性向上のための設備投資を後押しするための制度があります」


産業競争力強化法の主な措置事項

安藤 「2つ目が今回のテーマである株対価M&Aを含む産業競争力強化法の改正です。平成25年末にそれまでの産活法(正式名称:「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」)を廃止して生まれ変わる形でできたものが産業競争力強化法ですが、今回5年後の見直しということで株対価M&Aの点も含め、相当大幅な拡充と、一部制度の新設を行っています。

 産業競争力強化法についてはもともと平成25年に制定した時には、5年間の集中実施期間があり、各種の特例措置を受けるための計画認定の申請期限が今年の3月末までとなっていました。今回の産業競争力強化法の改正では、事業再編に関する支援をはじめ、この法律による支援措置を無期限なものとしています。もちろん、税制措置については税制のほうで期限がありますが、会社法特例等この法律で直接的に措置をしているものについては、これまでのような申請期限がなくなっているということです。

 産業競争力強化法の主な措置として、本日のテーマとなっている事業再編に関する会社法特例の他にもいろいろありますが、ここでは事業再編に関する部分に絞ってご説明いたします。

 事業再編等については、昨年の6月の「未来投資戦略2017」(平成29年6月9日閣議決定)の中で、欧米に比べて日本の企業のROEが上がらないが、低収益事業を抱え込み続けて事業ポートフォリオの機動的な見直しや成長性の見込める事業への経営資源の集中が進んでいない点が課題なのではないかと指摘されています。こうした課題への対応として、「未来投資戦略2017」では事業再編の円滑化の措置、その中でも株式を活用した再編の促進策を含めた制度的対応を講じるとされており、ここで示された政策の方向性を受けて今回の措置に繋がっています。

 株対価M&A以外のものも含め、事業再編を円滑にするための制度整備として、大きくは税制措置と会社法特例という2つの面から講じられています(図表1)」

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