[【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々]

2020年2月号 304号

(2020/01/20)

【小説】グローバル経営改革 ~ある経営企画部次長の悩み深き日々(第8回)

第2章「本社組織の改革編」 第2話「本社組織の現状」

伊藤 爵宏(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー)

【登場人物】

サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 部長
堀越 一郎
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 次長
木村 遼太
サクラ電機株式会社 本社 経営企画部 スタッフ
山本 朝子
(前回までのあらすじ)

 サクラ電機 本社経営企画部の部長である堀越 一郎は、事業への権限委譲が進む中で肥大化を続ける本社部門の改革を進めるよう、経営会議にて言い渡された。
 自らも本社部門に対する課題意識を有する堀越は、東南アジアにおけるガバナンス改革プロジェクトでの一仕事を終えた木村 遼太 次長を呼び出し、本社部門の改革について具体的な構想策定に着手しようとしていた。
 これは、あるコーポレートの経営企画部次長が、様々なコーポレートアジェンダに携わり、そして経営と現場の間で葛藤しながら、自社におけるグローバル経営の在り方を模索するストーリーである。



部長からの指示

 「木村君、さっき報告会議を終えたばかりのところ申し訳ないんだけど、ちょっと相談があるから話できるか?」
 上司である堀越からの声が背中に投げかけられ、木村はギクッとして振り返った。
 東南アジアにおけるガバナンス改革プロジェクトの顛末を堀越に報告して一仕事終えたところで、コーヒーを飲みながら一緒に報告をした山本と談笑していたところであった。
 抜け目のない堀越のことだ。すでに自分に与える次の仕事は考えてあるだろうと木村は何となく予想していた。「今日くらいゆっくりさせてもくれないのか…」という気持ちがないわけでもなかったが、木村はそれが見えないように、了解した旨を返答して近くの会議室を手配した。
 「これを見てほしい」
 堀越と木村が会議室に入ると、堀越は木村に1つの資料を手渡した。資料には、緩やかに右肩上がりになった棒グラフが示されている。
 「本社部門の従業員数ですか…」
 木村はグラフのタイトルを見ながら答える。
 「そうだ」
 堀越は頷き、そして続ける。
 「木村君も知っての通り、我々は事業本部にグローバル連結の経営責任を付与し、権限委譲を進めてきた。事業本部は自律的に事業執行を行えるだけの機能と権限を有している。本来であれば、それに伴って本社部門は小さく、軽くなって然るべきだ」
 堀越の意図を汲みながら、木村は答える。
 「それにも係らず、本社部門の従業員数は減少するどころか、徐々に増えてしまっている。つまり、本社部門にムダがある可能性が高いということですね」
 堀越は再度頷く。
 「そういうことだ。そこで、経営会議にて、本社部門のスリム化を我々経営企画部が事務局となって推進していくよう指示があった。木村君、東南アジアのガバナンス改革プロジェクトが軌道に乗った直後に申し訳ないが、本件のリードをとってもらえないか。これまでと同じように、山本さんにも手伝ってもらうといい」
 木村は「本社部門のスリム化か…」と心の中で反芻した。木村が事業本部に所属していた際の記憶からすると、たしかに本社は「支援」という名の「口出し」や「指示」が多く、ムダな業務が多いように思われた。おそらく、堀越も同じ認識だろう。しかし、本社というのは各機能担当役員の管掌下にある部門が束ねられた「伏魔殿」でもある。東南アジアでは色々な子会社と対峙したが、それと同じかそれ以上の協議と交渉が必要になりそうだと木村は感じた。
 「木村君、どうだろう。やってもらえるか」
 堀越からの声に我に返った木村は、「また大変な仕事だな…」と思いながら、「承知しました」と答えた。

現状整理の難しさ

 堀越からの指示を受けた木村は、まず本社部門の現状を把握しようと考え、山本と手分けしながら情報収集を行うことにした。具体的には、堀越から共有された経営会議資料に記載された本社部門の従業員数の推移を、部門別にブレークダウンして整理することを試みた。
 しかし、実際に情報収集を始めてみると、それが必ずしも簡単なことではないことが分かってきた。
 部門別の要員計画と実績の対比をまとめた資料は人事部門から取り寄せられた。しかし、それらは部門別の「どんぶり勘定」で管理されており、それ以上細かい組織階層において何が増加要因であるかが見えない。
 「これ以上、細かい粒度では管理していないですね。従業員データベースから個別のデータを見てもらうしかありません」
 人事部門の担当者に照会してみると、冷たい返事しか返ってこなかった。
 仕方がないので、木村は、従業員データベースから本社部門の従業員一覧を人事部門にエクスポートしてもらい、山本に部門別に集計してみるよう指示した。
 しかし、従業員データベースの情報は、所属組織に関するデータ項目が非常に複雑で、部門によってレベル感もまちまちだった。それゆえ、組織階層のツリー構造で従業員数を整理するには、かなりのデータクレンジングが必要となった。アプリケーションスキルが高く、たいていの作業はさっとこなしてくれる山本だったが、悲鳴を上げながら集計することになった。
 また、従業員数と併せて本社部門の予算と実績を見ようとすると、こちらは経理部門への確認が必要であった。本社部門の費用構造は概ね人件費と経費のみで構成され、決して複雑なものではない。しかし、経理部門は費用が予算の範囲内に収まっていることだけを管理しているため、費用実績がどのような要因で変動しており、従業員数の推移とどのような因果関係にあるかをつぶさに検証しようとすると、人事部門からもらった情報を個別に突き合せる必要があった。
 そのような中、山本の協力で、何とか本社部門の従業員と予算を詳細に整理した木村であったが、そこで最も大きな壁にぶつかった。
 「木村さん、ところでこの部門って何をやっているんでしょう?」
 山本が素朴な疑問を口にする。
 各部門がどのような業務を担っているか、よく分からないのだ。
 日頃やり取りしている部門については、何となく担当者の顔が浮かぶし、どのようなことをやっているかだいたいの想像がつく。しかし、本社部門全体を改めて見渡してみると、木村が聞いたこともないような部門が多々存在する。驚くことに、それらの部門が、何をミッションに、どのような機能を有し、どのような業務を行っているか、統一的に管理している文書が本社部門には存在しなかった。
 「現状がどうなっているかを洗い出すだけでこれだけの手間がかかるなんて…つまり、誰も現状を俯瞰して把握できていないということだろう。そんな状態では自浄作用もないし、放っておいたらスリム化なんて到底進むはずがないな」
 情報収集がひと段落したところで、木村が思わず苦言を漏らした。
 「先日、東南アジアの子会社で色々とヒアリングしたとき、現地のオペレーションがこんなに分かっていなかったんだと驚きましたけど、すぐ近くにある本社部門も、実際はあまり変わらない状態だなんて…」
 連日の分析作業で本社部門の実態を痛いほど感じた山本も同意する。
 「本当にそうだな」
 木村は山本の意見に深く頷き、そして続けた。
 「ある程度データは整理できたから、あとは現状どういった業務を行っていて、ムダな業務はないのか、各部門にしっかりと考えてもらわないといけないな。せっかく東南アジアで色々な業務分析をやってきたんだ。その経験を生かして、各部門にしっかりと業務の棚卸しをしてもらうようなアプローチを設計しようか」
 それから木村と山本は、現状の分析結果を取りまとめた上で、各部門に業務の棚卸しを依頼するアプローチを設計し、堀越へ報告した。

改革の拠り所

 「この粒度で本社部門の従業員数と予算を見たことはないな。よくまとめてくれた。正直言って、これは経理部門と人事部門の怠慢とも言えるな」
 木村と山本がまとめた報告資料を見ながら堀越が言った。堀越はすぐに「おい、今のは他の部門の人に言うなよ」と笑いながら付け足してから、続けてコメントした。
 「たしかに業務の棚卸しも必要だろうな。何がムダな業務か、各部門にはしっかりと考えてもらいたい。しかし…」
 堀越は難しそうな顔で付け加える。
 「何を拠り所に考えさせるか、だな」
 木村は尋ねる。
 「拠り所…ですか」
 堀越は答える。
 「そうだ。例えば、事業本部の工場では、絶え間ないオペレーション改善活動を行っているよな。これは、事業の収益を最大化して、事業計画を達成することが拠り所だ。もう少し近い例で言えば、この前の東南アジアのオペレーション・ITシステム統合は、コンプライアンスリスクの低減に向けたガバナンス強化という方針が拠り所としてあった。もちろん、今回も事業本部への権限委譲に伴うスリム化とか、経年での肥大化の抑制とか、大義名分がないわけではない。だけど、彼らは毎年予算を立てて、その範囲内でやっているのも事実だ。その大義名分だけで本社部門の連中が真面目に考えるとは思えない」
 一息置いて堀越が続ける。
 「それに、経営企画部の部長という立場でこんなことを言うのが正しいか分からないが、自分が事業本部にいたときに本社部門に対して感じていた問題点をきちんと伝えなければならないのではないかと思う。本社に来たばかりの木村君にも分かるんじゃないかと思うが」
 堀越がこれだけ自分の考えを明確に、かつ矢継ぎ早に述べるのは珍しいと木村は思った。堀越には今の本社部門に対して強い課題意識があるだろう。堀越の想いを汲みながら、木村は提案した。
 「では、まずは事業本部に対して、今の本社部門に対する意見を聞いてみましょうか。自分が事業本部にいたときも、色々と本社部門に思うところはありましたが、伝える術がありませんでした。聞いてみると、色々と出てくるかもしれません」
 木村の提案に、堀越は頷いた。
 「うん、そうしてみようか。事業本部から挙がった意見を本社部門に見せれば、少しは具体的に考えてもらえるだろう」
 「分かりました。では、事業本部の企画部門にアポイントを取って、ヒアリングをしてみるようにします」
 本社組織の改革に向けた長い旅路の始まりだった。

(次号へ続く)

■筆者プロフィール■
伊藤 爵宏(いとう たかひろ)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
製造業を中心に、バイサイドディールにおけるビジネスアドバイザリー、セルサイドディールの構想・実行、PMIにおける統合事務局、グループ子会社の再編構想等、M&A・組織再編全般にアドバイザリー経験を有す。
近年では、日本企業のグローバル経営力強化に向け、グローバル本社・地域統括組織におけるミッション・機能の再定義から組織再編の構想・実行に至る機能・組織変革案件に多数従事している。

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