[【事業再生】事業再生案件のM&A実務~PEファンドによる事業再生プロセス(ニューホライズンキャピタル)]

(2020/06/04)

【第1回】PEファンドによる事業再生のプロセス(概要)

長瀬 裕介(ニューホライズンキャピタル マネージングディレクター)
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1.はじめに

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、企業の倒産が増加している。

 本稿執筆時点でも「アパレル大手レナウンが東京地裁から民事再生手続開始の決定を受けた」という情報が飛び込んできた。新型コロナウイルスの経済面への影響は、東証一部上場企業を破綻させるに至ったのだ。

 レナウンもそうであったが、コロナ禍による経営破綻は、本来、構造改革が必要な企業がそれをしないで生き延びてきた結果なのではないか。過去の成功体験を引きずっていたり、古い経営体質のままでは成長は望めない。レナウンの破綻は氷山の一角で、事業再生を必要としている企業も実際は多いのではないだろうか。

2.事業再生とは

 日本には約400万社の企業が存在している。東京商工リサーチによるとそのうち年間約8000社が倒産し、それ以外に多数の企業が廃業に追い込まれている。8000社の中には事業再生を達成したくともできずに消滅する会社もあると思われる。なお、「倒産」という法律用語はなく、再生型の法的手続である民事再生法や会社更生法などを含めて世間では「倒産」と総称されていることには留意が必要だ。

 事業再生とは、「企業が破綻する前に危機から脱し、引き続き持続的な価値を創出するに至るまでの一連の構造改革」を言うが、本稿では、事業再生の局面でまず、最初に取り組まなければならない、「資金繰りの問題」、「金融債権者の調整」を中心に解説する。

3.この20年で事業再生実務は進化している

 平成の時代は「失われた30年」などと言われるが、こと「事業再生の実務」はここ20年間で進化を遂げている。この20年間に多くの人が事業再生に携わり、経験を積み、専門家やターンアラウンドマネージャーが輩出され、ノウハウが蓄積されてきた。未だ事業再生のノウハウが完全に確立されたとは言えないが、具体例を挙げれば、

法的整理私的整理に係る事業再生の制度の整備
②経営者保証ガイドラインの制定
③金融庁の姿勢の変化
④事業再生局面におけるPEファンドの認知度の高まり

等がある。

 以下、順を追って概要を解説する。

① 法的整理や私的整理に係る事業再生の制度が整備

 過剰債務等により資金繰りに行き詰まった企業が事業再生を目指すにあたり、最初に行う事は、金融債権者等から返済条件の変更や債権放棄等の支援を受ける事である。この、金融債権者等からの支援をどのような手続で行うかにより、その手法は法的整理と私的整理の大きく二つに分類される。

 法的整理は裁判所の監督のもと、法律(民事再生法や会社更生法)による明確な手順に則る形で進む。法的整理は多数決で利害調整が可能という長所があるが、風評が悪化する事や取引先を強制的に巻き込むために事業価値が棄損するという短所がある。また、相当程度の時間を要する点も欠点である。

 一方、私的整理は裁判所が介入しない金融債権者の整理方法の全般を指す。法的なルールを持たないため比較的柔軟な対応が可能だが、当事者全員の合意を取らなければならない、という最大の短所がある。言い換えると一人でも反対者がいると私的整理による事業再生手続は進まないのである。私的整理については平成13年に「私的整理に関するガイドライン」が作成されて以降、事業再生ADR中小企業再生支援協議会スキーム、といった手続が整理されてきた。これらは、「公表された私的整理手続」「準則化された私的整理手続」と呼ばれ、中立的な第三者(事業再生実務家協会中小企業再生支援協議会)が債権者・債務者の間に立ち、早期事業再生のための調整を行うというものである。利害関係者間の調整がこの中立的な第三者の仲介によって強く推進され、多くの案件で利用されてきた。

 なお、事業再生ADRは事業再生実務家協会が仲介者となり債権者の「全員合意」を調整していく手続であるが、「全員同意」から「多数決」への変更も視野に入れており、今後の弾力的な運用が期待されている。

図1

② 経営者保証ガイドラインの制定

 平成26年に「経営者保証に関するガイドライン」が制定された。

 同ガイドラインの概要は、経営者による会社債務の個人保証について、
(1)法人と個人が明確に分離されている場合などに経営者の個人保証を求めないこと
(2)多額の個人保証を行っていても、早期に事業再生や廃業を決断した際に一定の生活費等を残すことや、「華美でない」自宅に住み続けられることなどを検討すること
(3)保証債務の履行時に返済しきれない債務残額は原則として免除すること
を定めている。

 半ば当然として行われてきた経営者の個人保証がなくとも融資が受けられるようにすることや、会社が危機に陥った際、個人に向けて責任が及ぶことを恐れた経営者が、ギリギリまで外部からの支援を求めず、結果として事業再生を行うタイミングを逸する事のないようにするのが趣旨である。

 事業再生を早期に実施するインセンティブが経営者にも働くように設計がなされている。

③ 金融庁の姿勢の変化(金融検査マニュアルの廃止と事業性評価)

 これまで銀行は担保を最重要視するリスク回避型でなおかつ画一的な貸付を行ってきた。しかし2019年12月18日に金融庁は「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」を策定・公開した。事業再生の局面において、金融債権者が貸付金にどの程度引当を積んでいるのか、という点は、重要なポイントになるが、金融検査マニュアルの廃止により銀行はマニュアルに縛られることなく、銀行の経営方針に従って自由に引当方針を定めることができるようになった。金融検査マニュアルの廃止は、今後の事業再生実務において少なからず影響が出てくると考えられる。

④ 事業再生局面におけるPEファンドの認知度の高まり

 日本では1990年代のバブル崩壊期以降に銀行の不良債権処理のために銀行と協働して投資をする「事業再生ファンド」が組成されたことでPEファンドの規模が一気に大きくなった経緯にある。

 不良債権処理が一段落した後は、銀行や大企業の色を持たない、独立系のPEファンドが多く組成され、独立系のPEファンドによる中堅中小企業の事業承継・再生投資も年々増加してきた。近年、「事業会社の色が付くのが嫌だからファンドに株式を売却したい」、というオーナー経営者からの相談も増え、PEファンドの認知度は確実に高まっている。特にPEファンドが事業再生の案件を検討する場合、対象企業の事業内容や将来性、財務内容をシビアに検討し、ひとたび支援が始まればその事業の再生が成功するよう、あらゆる手を尽くしている。

4.事業再生を成功させるために必要なこと

 上記の通り、この20年間で事業再生を取り巻く環境は進化し、いわゆる「事業再生のための道具(制度、人材、ノウハウ等)」は揃ってきたともいえる。しかし、事業再生を成功に導くためには、その道具の特性を理解した上で、有効に利用できなければ意味がない。

 事業再生に関する各種制度(法的整理、私的整理、税制、経営者保証ガイドライン等)を理解し、最大の交渉相手である金融債権者の考え方(事業性評価や引当方針)を理解して真摯に交渉を行い、再生のためのリスクマネーを拠出して、自ら汗をかく。事業再生を得意とするPEファンドでは日常的にこのような業務を実施している。

 冒頭述べた通り、新型コロナウイルスは多くの企業に経済的な混乱を与えた。筆者は、レナウンのような企業は氷山の一角と予想している。そういった企業が覚悟を決めて事業再生へ踏み出すタイミングは、まさに「今」なのではないだろうか。

 次回以降、PEファンドが手掛ける事業再生実務について具体例をふまえつつ、より専門的な内容を解説していく。



■筆者履歴
長瀬 裕介(ながせ・ゆうすけ)
あずさ監査法人に7年間勤務。製造業、商社、情報通信業の企業を中心とする監査、IPO支援業務等に従事。成長過程にある企業の経理全般、管理会計の整備等を経験。 2013年にニューホライズンキャピタルに入社し、投資実行、投資後のハンズオン支援からEXITに至る一連の業務を担当。特に再生案件における金融調整、リストラクチャリングから投資実行後の経営企画・管理部門の強化を担当。丸茂工業案件では取締役として投資直後の原価計算制度の構築からEXITまで一貫して関与し、CFOを補佐・監督した。その他、万葉軒の監査役、たち吉の取締役を歴任。横浜国立大学経済学部卒。

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