[M&A戦略と法務]

2021年6月号 320号

(2021/05/19)

英国M&A実務におけるコロナの影響

山本 麻記子(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士・英国法事務弁護士(Solicitor 注1))
ジェイソン・ダニエル(Simmons & Simmons LLP 英国法事務弁護士(Solicitor 注1))
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 新コロナウィルスの蔓延がM&A取引にもたらしている影響は各国様々ではあるが、英国会社(注2)が関与する多数株主の変更を伴うクロスボーダーM&Aは、2020年4月および5月が底となり、その後は毎月2019年の案件数を下回る低調な推移を継続している。第4四半期(10月から12月)は、案件数および金額共に同年第3四半期(7月から9月)より大幅に増加したが、それでも2019年の水準には及ばない(注3)。ワクチン接種は世界でも随一の普及状況であることから、2021年後半には企業活動が加速度的に増えることも期待されているが、他方で、クロスボーダーの取引は相手国の状況も当然に影響する。本稿では、現時点までに英国法に基づくM&Aで多く経験された実務への影響について考察する。


2. M&A取引の各フェーズで見られる影響

2.1 デュー・ディリジェンス

 買主は、コロナが対象会社に与える影響を理解し、評価する目的から、より広範かつ深いデュー・ディリジェンスを目指す傾向にある。一般的に、コロナが対象会社の当面および将来の財務状態に与える影響の分析は、価値評価のため必須であるが、その分析には、サプライチェーンの地理的分布を含む状況、主要な顧客の地理的経済的状況、重要契約、金融機関との契約、既存の合弁契約、保険契約、マネジメントおよび従業員との契約、危機管理計画の実施状況その他につき詳細な検討が必要である。この点、特に重要契約の検討にあたっては、先行することの多いビジネスデュー・ディリジェンスチームにて入手したコロナ関連のインパクトを受け得るオペレーションやマーケットに関する情報も勘案して、契約変更・終了の可否や要否(独占取引条項など)、それに基づく賠償金支払義務の有無など関係するコロナリスクを現実的に確認することも重要と認識される。観光、航空、小売、旅行など、最も打撃を受けた業界や、かかる業種の子会社を持つ会社グループでは、事業の耐性・体力を確認する目的で、対象事業そのものの支払能力まで、設定された信用枠との関係でも厳しく精査されている。従来、保険契約は内容の精査をしないケースもしばしば見られたが、特にコロナ関連で保険適用の検討が考えられる対象をカバーする保険契約については、その条項も含めた確認がなされている。

 分野としては、コロナ禍の元で十分な労働法上の確認を経ずに従業員対応を行った会社も少なくないため、労務関連の顕在・潜在するリスクに対するデュー・ディリジェンスの重要性は、コロナ前より増しているといえる。また、不安定な雇用状況に鑑み、デュー・ディリジェンスにおけるキーパーソン情報の把握も重要性を増している。このような状況でも求められる人材には転職の機会が集中する例もあり、合併後の人材戦略を立てリテンションに向けた検討を開始することは、事業縮小に向けた人員整理について検討を行うことと同様に重要であるが、対面のインタビューを行うことができない状態では、いずれの方向でのデュー・ディリジェンスも容易ではない。

 デュー・ディリジェンスに対する移動と面談の制限の影響は、昨年以来目立つディールがテックまたはヘルスケア関連の事業が多いことにも表れているであろう。これらの事業では、物理的な資産の重要性は低く、書類をヴァーチャル・データルームで確認することで主要なレビューを終えることができる。他方で、重要な資産、例えば製造機器、工場や在庫が要素となるディールでは、リモートではなく現地現物のデュー・ディリジェンスが必須であるところ、そのような業種のディールは減少している。

 なお、コロナの状況下で、デュー・ディリジェンスは長期化している。ロックダウンやリモートワークは、書類のヴァーチャル・データルームへのアップロードに大きな障害となり、また質問への回答を準備する時間が長くなり、さらにビデオ会議でのマネジメント・インタビューが対面と同じ効率ではないことも多くの人が経験したところであろう。

2.2 契約締結から取引実行(クロージング)まで

2.2.1 契約締結と取引実行のタイミング

 英国では、基本的に契約締結と取引実行(クロージングまたはコンプリーション)が同時であることを好む。これは、

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