[【人事】「M&A人事の新常識」~グローバルの年金・ベネフィット最新事情(マーサー ジャパン)]

(2021/09/22)

【第3回(最終回)】M&Aは黒船

うまく活用して、ベネフィット領域で大きなシナジーを創出する

北野 信太郎(マーサー ジャパン グローバルクライアントマネージャー シニアプリンシパル)
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 前回(連載第2回)は、海外の雇用観におけるベネフィット制度の位置づけについて解説し、クロスボーダーデューデリジェンスの際に留意すべき事項について述べた。今回は、ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)をはじめとした、クロスボーダーM&Aのクロージング後のベネフィット領域におけるシナジー効果創出策について考えてみたい。

1. ベネフィット制度のシナジーとは何か?

 M&Aの際の人・組織の領域におけるシナジーというと、多くの人がイメージするのは重複する間接部門をスリム化したり、人事制度を統合することでのコストカットを目指す「守り」のシナジーではないだろうか。ベネフィット領域も例外ではなく、コスト削減を軸とした守りのシナジーが目標となる。

 一番分かりやすい例がPMIであろう。

 クロスボーダー買収の対象となる企業が多国籍企業の場合、世界各地に点在する拠点が買い手の拠点と重なることが想定される。その場合、売り手と買い手の各種人事制度を統合することで、スケールメリットによるコスト削減効果が期待できる。無論、PMIの目的はコスト削減だけでなく、共通の人事制度を持つことでの一体感や人的交流の促進という観点も重要だが、数値化できるという観点から、統合後のコスト削減効果をKPIとして掲げるケースは多い。

 しかしながら、ITシステムや購買等の比較的「色が濃くない」領域ではPMIのスケールメリットに対する抵抗や困難が大きくないのに対し、人事制度は組織間のカルチャーとビジネスモデルの差を色濃く反映するため、むやみやたらと統合を目指すのは正解とは言えない。前回の記事でも述べたとおり、報酬制度の中でもベネフィット制度は「色が濃い」部類に属するので、金銭報酬は統合しても、ベネフィット制度は統合しない、ということは往々にして起こりうる。

 例えば極端な例だが、知識集約型の企業が単純労働集約型の企業を買収した場合を考えてみる。金銭報酬は市場にベンチマークして統合されていれば適度に落ち着くが、ベネフィット制度はどうだろうか。一般に知識集約型の場合は一部の人材のタレントが競争力の源泉となるため、獲得と引き留めのためベネフィット制度は手厚くなるのに対し、単純な労働集約型の場合は売り上げと人件費が比例するので、ベネフィット制度(特に給与に比例しない制度)は薄く抑えることが多い。このようにビジネスの競争力の源泉が異なる場合にベネフィット制度を統合してしまうと、人件費の圧迫がそのまま競争力の低下へとつながり、シナジーどころかM&Aの意義自体を損ないかねない。

2. 制度統合しなくともシナジーは創出できる

 このように、ベネフィット制度の統合には慎重になるべきと説明したところで矛盾するようだが、コスト削減は無理に制度統合を行わなくとも達成できる。それは、金銭報酬と異なり、多くの場合、ベネフィット制度の運営には外部のプロバイダーを介すことが多いからである。

 図1はA社とB社のベネフィット制度に対して、何をどこまで統合すべきかを考えるうえでのイメージ図である。これまでスタンドアローンだった2社は、それぞれ異なるベネフィット制度、異なるプロバイダーを異なる購買プロセスで採用して運営してきた。上記1のPMIで想定していたストーリーは、最上部の制度設計まで両社間で揃えて統合する、というシナリオであった。無論それが一番望ましいことは確かだが、必ずしも最適解ではないかも知れない、ということも前述した。...



■ マーサー ジャパン

■ 筆者略歴

北野 信太郎(きたの・しんたろう)

グローバルクライアントマネージャー シニアプリンシパル 英国アクチュアリー会正会員


マーサーのプリンシパルで、グローバル・クライアント・マネジャーとして日系グローバル企業の海外拠点の人事・福利厚生制度のガバナンス体制構築並びに運営を主に支援。日本におけるマルチナショナルクライアントセグメントのHealth/Wealth領域のリーダーを兼任。
現職以前はマーサーの年金コンサルティング部門の代表を務める。年金コンサルティング部門では、日系グローバル企業に対する海外の年金制度のコンサルティング・サービスを創設し、欧米での年金バイアウトやクロスボーダーの年金デューデリジェンス、米国401kの被差別テストや制度統合、グローバルアクチュアリー等のサービスを立ち上げる。その他、国内でも制度設計や企業合併・買収等の支援、労使交渉支援等、幅広くプロジェクトを担当する。社外での講演や専門誌等への寄稿等も多数行う。
マーサー入社以前は、英国ワトソンワイアット(現ウィリスタワーズワトソン)で年金数理コンサルティングの業務に携わる。
ロンドン大学インペリアル・カレッジ大学院で数学の修士号を取得し、英国アクチュアリー会の正会員である。

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