[M&A戦略と法務]

2023年3月号 341号

(2023/02/09)

アーンアウト条項と日本における活用例

工藤 竜之進(TMI総合法律事務所 パートナー 弁護士)
中林 数基(TMI総合法律事務所 アソシエイト 弁護士)
  • A,B,EXコース
第1 はじめに

 アーンアウト条項(Earn-out Clause)とは、M&A取引の実行後、一定の期間において、買収対象とされた企業・事業が特定の目標を達成した場合に、買主が売主に対して予め合意した額又は算定方法によって算出される額(以下「アーンアウト対価」という)を買収対価の一部として支払うことを定めた条項をいう。アーンアウト条項は、主に、

(1) 売主及び買主間の対象企業・事業に対するバリュエーションの乖離の解消
(2) 売主がクロージング後も対象企業・事業に残留する場合の売主へのインセンティブの付与

 といった機能が期待されて用いられるため、企業価値の算定が困難なスタートアップ企業の買収案件や事業再生を行っている企業の買収案件等において用いられることがある。そして、日本の公表事例においても、アーンアウト条項が用いられている事例が散見される。

 本稿では、まずはアーンアウト条項を設ける際に検討すべき事項を概説し、一般的な規定例について紹介した後、日本における具体的な公表事例に触れることとする。

第2 アーンアウト条項を設ける際の検討要素

 アーンアウト条項を契約において具体的に規定する際には、主に、以下のような事項を検討する必要があるとされている(注1)。
(1)アーンアウトの条件
▶ アーンアウトの指標
▶ アーンアウトの対象期間(以下「アーンアウト期間」という)
▶ 支払金額・上限
▶ 条件不成就の場合の取扱い
▶ アーンアウト対価の支払時期
(2)アーンアウトの指標として財務指標が用いられる場合の財務指標の決定基準・方法
(3)アーンアウトの条件の達成を困難にする一定の事由が発生した場合のアーンアウトの条件のみなし達成・期限の利益喪失
(4)アーンアウト期間中に買主が対象会社を売却等できるバイアウト・オプション
(5)アーンアウトに関する誓約事項
▶ アーンアウトの条件を達成するために対象会社の事業運営を行うに当たって買主が負う義務
▶ アーンアウト期間に売主が対象会社の事業運営に関与する場合の売主の義務
 これらの中でも、実務でよく問題になる事項は、上記の(1)(アーンアウトの条件。特にアーンアウトの指標)及び(5)(アーンアウトに関する誓約事項)であると言えるため、以下ではこれらを中心に言及することとする。

第3 アーンアウト条項の規定例

 アーンアウト条項を設ける際には、まずは対象とする指標を決定する必要がある。アーンアウトの指標としては、売上高、純利益、EBITDAといった財務指標が用いられることが多いが、どのような指標を採用するかは、売主と買主の利害が対立する一場面である。

 すなわち、売主にとっては、一般的には、損益計算書の上部に位置する指標(売上高、売上総利益等)を対象とすることが望ましいとされる。なぜなら、これらは、(1)売却後に対象会社の経営権を取得した買主が、対象会社及び対象事業の費用に関連する項目を操作することによる影響、(2)売主及び買主が採用する会計方針の相違による影響、及び、(3)アーンアウト期間中の会計方針の変更による影響を受けにくい項目であると考えられるためである(注2)。

 他方で、買主にとっては、一般に対象会社及び対象事業から生じる利益が重要であることが多いため、その場合には、損益計算書の下部に位置する指標(営業利益、税引前当期純利益、純利益等)を用いることが望ましいとされる(注3)。

【アーンアウトの指標例(財務指標)】
対象会社の売上高を用いる場合
クロージング日から●年●月●日の営業時間終了時点までの期間における対象会社の売上高の合計額がA円以上である場合、買主は、売主に対し、B円を支払う。
対象会社のEBITDAを用いる場合
●年●月●日から同年●月●日までの事業年度に関し、買主は、売主に対し、当該事業年度におけるEBITDAから基準金額となるA円を控除した額にBを乗じて得られる金額を支払う。なお、本条で用いられるEBITDAとは、当該事業年度における対象会社の計算書類を用いて以下の計算式に基づいて算定される額を意味するものとする。
EBITDA=●
 また、製薬業等の許認可業種を営むベンチャー企業等の買収事例においては、

■筆者プロフィール■

工藤氏

工藤 竜之進(くどう・りゅうのしん)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。2008年に弁護士登録後、国内上場会社の法務部門への出向や大手証券会社への駐在により得た知見を活かして、企業買収実務やベンチャーキャピタル、プライベート・エクイティ・ファンドによる投資実務、ベンチャー企業による資金調達・IPO支援等に弁護士として多数関与。

中林氏

中林 数基(なかばやし・かずき)
TMI総合法律事務所アソシエイト弁護士。2017年12月弁護士登録。M&A、コーポレートガバナンス、商事関連争訟案件、株主総会対応等のコーポレート案件を中心として、企業法務全般に幅広く対応経験を有する。

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