[M&A戦略と法務]

2024年10月号 360号

(2024/09/10)

M&Aにおけるタックスヘイブン対策税制適用の落とし穴

――当初申告要件がもたらす二重課税リスク

内海 英博(TMI総合法律事務所 パートナー 日本国及びニューヨーク州弁護士/日本国及び米国公認会計士)
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1 はじめに

 M&Aにおいては、法務面の知識のみならず、税務面の知識も必須である。数十億円あるいは数百億円単位の納税の要否が問題になることが少なくないからである。筆者はこれまで様々なM&Aに法的及び税務的側面を有機的に結合させる形で関与してきた。また、M&A自体には関与していないが税務当局とのトラブルになって初めて関与した案件も多くある。これらの経験を踏まえて、M&Aにおけるタックスヘイブン対策税制適用の落とし穴に焦点を当てて、以下解説する。なお、本税制は非常に複雑であるため、正確性はある程度犠牲にしても、できるだけわかりやすく説明することを心がけた。

2 リスクと対応策

 M&Aにおいて、買い手は本丸である買収対象企業にのみ目を奪われがちであるが、当該対象企業のグループ会社に香港・シンガポール・ケイマン等の軽課税国所在企業がある場合は、買い手である日本企業の傘下に入った段階で日本のタックスヘイブン対策税制が適用され、巨額の課税リスクが発生する可能性がある。例えば、半導体サプライヤーたる日本企業ルネサスエレクトロニクスは、フランスの半導体企業を約2億ドル(当時約280億円)で9割以上の株式を取得し、最終的には完全子会社化することを目指していたが、タックスヘイブン対策税制が適用されて税負担が増える懸念を回避するため買収を中止した(日本経済新聞朝刊2024年6月3日)。このような例もあることから、買い手企業は、M&Aの交渉段階からリスクを認識しつつ、法務部と経理部・財務部が連携し、デュー・ディリジェンスを念入りにするとともに、タックスヘイブン対策税制が適用されることになる場合には買収契約を解除できる等の事前手当てをしておくことが重要である。

 タックスヘイブン対策税制につき、落とし穴となりうる事項はいくつかあるが、


■筆者プロフィール■

内海氏

内海 英博(うつみ・ひでひろ)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。1988年東京大学法学部卒業、2000年ハーバード大ロースクール卒業。元国税庁税務大学校講師。日本経済新聞社弁護士ランキング2016年(税務分野)第7位。
M&A、税務、ファンド、企業法務等を主な専門分野とする。ボーダフォングループが日本の子会社であるボーダフォン(株)をソフトバンクグループに1.8兆円で売却した案件で主任パートナーとしてボーダフォン側を代理(当時の日本のTOB・LBOで最大規模)。法務・税務・会計三位一体の助言を得意とする。税務面では、近年、審査請求段階で、その後の税務調査実務に影響を与える裁決を勝ち取った。また、多数の税務調査対応、税務争訟の経験を有し、税務意見書を駆使した対応に定評がある。

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